First memory 92

= memory 92 =


汗が冷えて寒くなってきた。

『部屋に入ろうか?』

SHINに言われて頷いた。

今日の月が助けてくれたんだと思った。だから、心の中で月にお礼を言って公園をあとにする。

部屋に入ると、SHINがバスタブにお湯をはってくれた。

『すぐに温まった方がいいよ。singerは風邪をひいてはいけないから。明日ステージでしょ。』

そうだった。でも今日は泊まる予定じゃなかった。学校の用意もしてきてない。でも一緒にいたい。

お母さんに初めてメールを送った。

〈ごめんなさい。今日、帰りません。〉

初めてのメールの内容がこんなのでごめんね。


バスタブに浸かりながら考えていた。

これでいいのかな?またちゃんと伝えてない気がする。私の気持ちは伝わったと思う。でも言葉では伝えていない。

ちゃんと伝えたいと思った。誰にも言ったことがない言葉で。私の気持ちにとっても、自分の中から言葉にして出してあげなきゃいけないんだ。出してあげないから、いっぱいになって苦しくなるのかもしれない。


お風呂から上がると、SHINがホットミルクを作ってくれていた。

『あったまった?風邪ひいたらいけないから、それ飲んで。』

「ありがとう。」

ほんとは冷たいの飲みたいけど、先輩singerの言うことをきく。ホットミルクじゃない?

「ホットミルクじゃない・・」

ドライヤーを持ってきたSHINは、

『それはエッグノッグ。風邪ひきそうな時にいいんだ。ちょっとウイスキー入ってるけど、ほんのちょっとだから。』

そう言って、ドライヤーで私の髪を乾かし始めた。美容院以外で誰かに髪を乾かしてもらうなんて初めて。子供の頃にはあるけど。不思議な感じでうれしい。

SHINに髪を乾かしてもらいながら、エッグノッグを飲んだ。甘くておいしい。体の中からポカポカしてくるね。エッグノッグを飲みながら、髪を乾かしてもらいながら、眠たくなってきちゃった。なんだかすごく眠い。SHINにちゃんと伝えたいのに、ちゃんと声に出して伝えたいのに、眠い。


目が覚めたらベッドで寝ていた。

あのままテーブルで眠ってしまったのかな?SHINが運んでくれたのかな?

隣にSHINはいない。体を起こすとパソコンを触っている。そのままマウスを操作するSHINの背中を見ていた。何回もこの部屋に来てるけど、私が初めて見る姿だった。

この部屋の中で、生活をしているSHINを想う。

ご飯を作ったり、洗濯をしたり、掃除をしたり・・。一人で暮らしていれば当たり前のことごと。私は知らない。自分の部屋の掃除や自分の服の洗濯くらいはするけど、そういうのじゃないと思う。

この部屋の掃除をしたいな。あのベランダで洗濯物を干したいな。あのキッチンでご飯を作りたいな。そんなことをぼんやり考えていたら、SHINが私に気づいた。

『起きた?』

そう言うとパソコンはそのままで、ベッドに座った。私のオデコに手をあてる。

『熱はないよね。のど大丈夫?』

時計は11時。

『今日はいろいろ大変だったんでしょ?その後に走ったから疲れたんだね。』

私の顔にかかる髪をよけながら、ゆっくりと頭を撫でてくれる。なんか気持ちいいよ。

「SHIN・・ずっと一緒にいたい。ここで一緒に暮らしたい。」

たった今、思ったこと。私がSHINの背中を見て思ったことは、そういうことなんだ。自分で声に出してから気がついた。

私のやっぱり順番抜かしの大胆な発言を聞いて、SHINは座ったまま抱きしめてくれた。

『そうなるとうれしいよ。』

「卒業したら、来てもいい?」

SHINの顔が見えないままで言った。

『もちろん。』

SHINは抱きしめるのをやめて、私の目を見て答えてくれた。

「SHIN・・・愛してる。」

SHINの目を見ていると、初めての言葉がとても自然に出てくれた。

生まれて初めてその言葉を使った。

私が初めて声にした言葉に、SHINは少し微笑んで答えてくれた。

『・・僕も愛してます。苦しかったくらいに。』

カーテンの隙間から入る月の光を浴びながら、私たちは無器用に今さらの告白をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る