First memory 93
= memory 93 =
人事部長の面接は、金曜日だった。
A社ではなく、会社の近くの喫茶店で。いろいろ出来上がりつつあるところに、いきなり自分の段取りとは違う人間が入ってくることに、かなりの抵抗を感じていらっしゃることが手に取るようにわかる。
言葉の端々から、彼がゴリが言っていた佐々田さんを歓迎していないグループの方だということもよくわかった。
だけど私は動じない。そんなことも、こんなことも既に了承済みだから。当たり前だと思うから。そして私はCHERRYだから。そんなに簡単には負けない。
わけのわかんないお客さんは、5ヶ月の間に数人いた。なぜだかわからないけれど、私が歌う前から両耳にティッシュペーパーを詰めて黙々と料理を食べ続けるくせに何度も来てくださってる人。
最後にテーブルを廻ってるときに、いきなり手を掴んでくる人。飲むことを強要する人もいた。
でも私は逃げなかった。どんな時も凛としたCHERRYであり続けた。デビューの日、山根さんとの出会いを乗り越えた私に怖いものはなかった。しかもおかげで山根さんとはすっかり仲良しだし。
人事部長は、どんな意地悪な質問にも少しの微笑みを称えながら真っ向から回答する短大卒女子を、ちょっと足りないと思ったのか、不気味だったのか、案外早く終わってくれた。
ちょっとムッとしたのは
『佐々田さんの愛人?』
って聞かれたことぐらい。
「もちろん違います。」
と微笑んで答えた。下品なジョークと心の中で思いきかせながら。
役員面接から、他の人達と同じ日程になる。面接官の中には佐々田様もいる。恥ずかしい回答をしないようにしないと。
スーツ姿のまま〈SHELLEY〉 に行く。ゴリに今日の報告をしに。
私のスーツ姿をツーちゃんは似合わないと笑いたおした。カバは似合うって言ってくれたのに。ゴリは面接の内容を詳細なところまで聞きながら、いくつかの質問もしてきた。メモをとりながら。佐々田様へのお土産にするのかもしれない。
〈SHELLEY〉で着替えるつもりで服を預けてたけど、SHINにもスーツ姿を見てほしくなったから、そのまま〈Noon〉に行くことにする。
ツーちゃんみたいにうけてくれるかな?
『そうそう!』
そう言いながら、カバが一冊の週刊誌を持ってきてくれた。例の取材の?
『もうみんな読んだの。その付箋が着いてるとこよ。』
巻頭グラビアは、女性のほぼヌードの写真が載っているタイプの週刊誌。多分、自分では買えないよ。
記事を読んだ。2分の1ページの記事の中に、写真が2点とあの日の記事。当たり障りのない記事の最後に、この企画の考案者が女子学生であったと書かれていた。そして
『成功の背景には、様々な人々の心の襞に寄り添った、彼女ならではの細やかな心配りがあった。』
と締められていた。高木さん、ありがとうございます。
〈Noon〉 で最初に驚いてくれたのは、田中さんだった。
『似合いますよ!』って。
SHINがまだ来てなかったから控え室で待っていたら、田中さんがオレンジジュースを持ってきてくれた。
『また、J さんから直接話あると思いますが、CHERRYさんの就職が決まったら、12月までお願いしたいとオーナーがおっしゃってたみたいですよ。内定、11月中に決めてくださいね!』
田中さんの言葉で気がついた。
〈Noon 〉でのおしまいが近づいている。
あのデビューの日から、ここで何曲歌ったんだろう。
crazy nightのあと、リクエストに応えることにした。すぐは無理だから、次の週までに練習して。
CHERRY だけのスタイル。お客さんが減らないように。
知らなかった歌もあったけど、できるだけ歌った。お客さんとのデュエットはしないし、〈Noon〉 に似合わない曲はお断りしたけど。
おかげでかどうかわからないけど、私に変わってから〈Noon 〉の売り上げは落ちていないってゴリが褒めてくれた。よかったよ。
プライベートでもいろいろあった。ありすぎだと思う。普通の人の3年分は生きたんじゃないかな?
この日々を充実した日々というのなら、もう来ないだろう。だから、充実しすぎた日々と言わせて。
でも12月までいれたらいいなあ。
2000年のプレミアムなX'masに歌えれば嬉しいなあ。
X'mas partyしたいなぁ。
まずは役員面接、がんばろう。
控室に入ってきたSHINは、私を見るなり
『失礼しました!』
って出ていった。わからなかったの?わざわざ田中さんに聞きにいったらしい。
うしろ姿だからわからなかったって言い訳してたけど、うしろ姿でもわかってよ!骨格とかで!SHINがうけるよ、私と田中さんに。
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