First memory 85
= memory 85 =
佐々田様は『失礼』と言ってちょっと時計を見た。
『もっとゆっくりお話したいのですが、このあとアポが入っていますので、単刀直入に。大下さん、我が社で働いてみませんか?私は新参者ですがマーケティング部門の責任者として請われてA社に入りました。まずは彼らのガチガチになっている脳を刺激することから始めようと思っています。大卒に拘るところとかね。あなたとの出会いは私にもタイムリーです。今の年齢だからこその柔らかい発想と、あなたならではのピュアな着眼で私の改革を手伝ってください。』
それは・・一緒にお仕事をさせていただけるということですか?ちょっとゴリを見た。微笑んでいる。
「あ・・ありがとうございます。」
思わず立ち上がってしまった。お辞儀をしたがあまりのことで、その一言しか言えなかった。
『ありがとう。とは言っても私ももうA社の人間になってしまっていますので、筋を通す必要はあります。近々、人事部長とのマンツーマンの面接を受けていただくことになります。そのあと役員面接です。内定が出たら、1月から3月までアルバイトという名の研修です。大丈夫ですか?』
もう一度、立ち上がる。
「もちろんです!承知いたしました。」
佐々田様はまた少し笑って、ゴリに向かって
『(了解いたしました)と言われるかと思っていました。最近はそう言う人が多いですから。藪さん、先日のパーティであなたにお会いできてラッキーでした。彼女はまさに私が考えていた条件通りの人材です。これから私も坂崎さんお薦めの、藪さんの人を見る目に頼らせていただきたい。占いは信じませんが統計学は信じます。またぜひゆっくり飲みましょう。懇意にしていただきたくなりました。』
『さすがにお見通しでしたか。もったいないお言葉です。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。』
二人は同じようなタイミングで椅子から立ち上がった。
『では、大下さんの人事部長との面接の日程は、ご自宅へのご連絡でよろしいですか?』
『彼女のご自宅は共働きでいらっしゃるので。彼女も学校以外は私の瀧元がらみの仕事を手伝ってもらっています。私の方にご一報いただけましたら幸いなんですが。彼女の必要書類などは早急に佐々田様宛にお送りいたします。』
ゴリの言葉に佐々田様は、わかりましたと言ったあと、
『藪さんは彼女を手放していいのですか?』
と聞いた。
『手放したくはありません。ですが瀧元の事業範囲では彼女の創造力を活かしきることができないでしょう。愛弟子だからこそ、可能性を潰したくありません。』
ゴリはそう言って佐々田様に深く頭を下げた。私も一緒に下げる。
『大下さん、あなたはきっと私の爆弾になります。いい意味です。一緒にA社に殴り込みましょう!』
佐々田様はそう言ってまた右手を出してくれた。
私は両手で握手に応えた。
「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします。」
そう言って微笑んだけれど、多分、CHERRYの時の笑顔ではなかったと思う。
佐々田様は、もう一度ゴリと握手をして、
『本当に近々、飲みましょう!』
と言って帰って行った。ゴリは高木さんのときよりも深いお辞儀をしていたので私も合わせる。そして佐々田様の背中が見えなくなるまで、その姿勢を崩さなかった。
『フー・・』
ゴリはなんか思いっきり息を吐いて椅子に座った。私は座れない。
ここについて2時間も経っていない。そのわずかな時間に何があったんだろう。
ちょっと思考回路が停止している。
『おつかれ。座れば?』
ゴリに言われて黙って座った。なんだったの?
ゴリはネクタイを少し緩めた。
『内々定、おめでとう。まあ、決まりでしょうけどね。よっぽどのドジをしなければ。あんたも、佐々田さんも。』
そう言って、手をあげてウエイトレスさんを呼んだ。
『reserveと飲み物代金の精算を。』
私、就職決まったってこと?
しかも第一志望A社に?
しかもあの佐々田マーケティングプロデューサーの元で?なに? もしや全部、夢?
『とにかく、道はつけたわよ!なにをお礼してもらおうかしらねぇ~。』
伝票にサインをしたあと、そう言って立ち上がったゴリの声は、聞こえてるけど頭には入ってこない。
『まったく。ちゃんと説明してあげるわよ。ほら。』
目の前に差し出されたゴリの手につかまって、とりあえず立ち上がった。
なぜか、ポケットのマイクを握りしめて。
【マーケティングプロデューサー】マーケティング(売れるための仕組み作り・仕掛け作り)の為に、基本となるビジョン設定、コンセプトの構築、企画・計画立案を行う。プロジェクト決定後は、スタッフ教育、品質、スケジュール、予算管理など、総合的、統合的にマーケティングを推進する責任者。
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