First memory 84

= memory 84 =


後ろのテーブルの誰かが立ち上がった。

『藪さんの目論見がよくわかりました。イベントの件もよくわかりました。』

その人はチラリと笑顔のまま私を見た。

知ってる人です!半月ほど前、TV で見ました!録画してます!佐々田和弘マーケティングプロデューサーですよね!地方遊園地再建の神!

私は完全に固まってしまった。この方が大阪のA社に転職されたから、私はA社を第一志望にしたんだ!この方の仕事のはしっこにでも関われたらって思って。A社の求人票は4年制だけだからダメだったけど。

『こんにちは、大下さん。はじめまして佐々田です。』

神が右手を差し出した!

私はあまりの感激に口を開けたままだった。

『大下さん、口、開いてますよ。』

ゴリに言われて、あわてて口を閉じ、出していただいた右手に両手で握手させてもらった。神と!

「こ・こんにちは・・は・はじめまして。ぉ・大下 朋と 申します!」

佐々田様は笑っている。

『藪さん、よくわかりました。坂崎氏から、藪さんの人を見る目は確かだと聞いています。確かにおもしろいお嬢さんですね。しかも攻撃に強い。そして何より言葉使いが正しい。就職のための付け焼き刃ではない。』

『佐々田様が、そこを重要視する方だと、坂崎様から伺っていました。彼女はその部分は問題ありません。ご両親とも教員でいらっしゃるんです。今回の取材の件は彼女には伝えていません。今、いきなりです。』

ゴリの言葉に

『なるほど』

と神はおっしゃった。

ゴリにうながされて神のテーブルに移る。

神はいきなり言った。

『大下さん、ひとつ教えてください。4年制に編入するという手もあったと思うのですが、なぜ就職と思ったのですか?』

小さく息を吐いて答える。

「悩みました。でも、今回のイベント企画をさせていただいて、お客様の反応があることに感動しました。もっと " 人 "を感じたいと思いました。今の年齢の私だからこそ感じとれる何かがある気がしました。それは2年後には、違うものになっているかもしれないと思ったからです。」

すごくスムーズに話せた。緊張すごいのに。

佐々田様が持っている引力がそうさせるのかもしれない。思わず話したくさせる引力。こんな引力を出せる大人になりたい。

佐々田様はにこっと笑ってくれた。

『ちなみにこちらが彼女の企画書です。コピーで申し訳ありません。実物は彼女が卒業制作として提出していますので。それとこちらが彼女が分析した来場者のアンケートの結果です。』

水曜日の夜、ほとんど徹夜でエクセルで仕上げたアンケートの分析。木曜にゴリに渡したものだ。

『さすがご評判どうり、ぬかりがないですね。』

企画書に目を通して、エクセルの表を見ながらの佐々田様の言葉にゴリが首を降る。

『このアンケートを作りたいと言い出して作り、分析したのは彼女です。おかげで彼女のNew genderに対しての心配りが正解であったこともわかりました。このNew genderという言葉を使いたいと言ったのも彼女です。』

ゴリはそう言って、あのピンクのアンケートを出した。3つ目の更衣室の。

佐々田様は『ほぅ』と言って、ピンクのアンケートの裏を読んでくださった。

読み終わられた頃にすかさずゴリが言う。

『店によってアンケートの色を変えるというアイデアも彼女のものです。おかげで両店がほしかったデータを取ることができました。長い期間、二店のマネージングを任されてきましたが、それぞれの店のカラーから単体で考えてきました。しかし彼女に言われたんです。一人の人間の中に、両方を求める気持ちとシーンがあると。目から鱗でしたね。』

ゴリはそういうと少し笑った。佐々田様も少し笑って言った。

『お互い、柔かい発想ができなくなっていくお年頃ですかね。』

ゴリも笑いながら答える。

『とんでもない。佐々田様にはあてはまりません。見事なご活躍ですから。私は統計学的に考えてしまいがちですので。こういうフワっとした発想は、周りからもらうことにしています。』

ほんとに今、私の隣で話しているのは誰だろう?

全国ネットの30分番組で特集が組まれる人と対等に話している。統計学って?

『この3つ目の更衣室は、女性ならではの発想ですね。そしてNew genderという言葉も、そういう人たちの心理への想像力が及んでいる。』

『女性ならではというよりは、彼女ならではと私は感じています。』

ゴリ、誉めてくれてる?

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