First memory 43

= memory 43 =


SHINさんが時計を見た。

『そろそろ行かなくちゃいけないけど大丈夫?』

8時40分。そうですね第2ステージ。

私が立つはずだった9時からのステージの時間です。

「大丈夫です・・」

小さな声になってしまったけど答えた。

『じゃあ、行ってくるね。』

SHINさんは、テーブルの上に新しいペットボトルのお水を置いてくれた。

そして何度も振り返りながら、控室を出ていった。


悔しい・・

一人になった部屋で一番最初に心の中に出てきたこと。

今日のために、一生懸命練習してきた日々を思い出す。

(中央フリーウェイ)

初めてSHINさんに聴いてもらった曲。

あの時はJさんとも初めてあわせたから、もうひとつだったけど、あれから何度もあわせて、なんか歌う気持ちも変わって、ちょっとは素敵になったのに。だから聴いてほしかったのに。


(Super star)

ゴリさんに何度も音読させられた。

単語の繋ぎ方に変な癖があるから、一回全部抜けって言われて。

何度も何度も音読してやっと歌わせてもらって、初めてゴリさんが『まあまあね。』って言ってくれた曲。

歌いたかった。これから何回も歌うチャンスはあると思うけど、でも今日歌いたかった。


腹が立つ。酔っ払いのオジサンにじゃない。自分に。

考えてみたら、あたりまえのことじゃない。

だってここは<BAR>なんだから。

私が立つと決めたステージはライブハウスでもコンサートホールでもなくて、<BAR>なんだ。

お酒を飲む場所。

酔っ払いのオジサンがいて当然の場所。いや酔っぱらうための場所。なのに私はパニックになった。

なにを調子に乗ってたんだろ。覚悟すると決めたのに。

『最初から乱してどうする!』

ゴリさんの声が聞こえた気がする。そうだよね。

ちょっと落ち着いてくる。


冷静になってきたとき、ホールからピアノの音が聴こえた。Jさんのソロだ。

CHOPIN の(英雄)?

クラッシックはほとんど弾かないって言ってたのに?

そうか・・・お客さんの中には、今日新人がデビューだからって、予約をしてくれた人もいたんだろう。

どんな新人か楽しみに来てくださった方も。

だからスペシャルにしてるんだ。

だから、SHINさんにも手伝ってもらうんだ。

申し訳なくて、情けなくて、悔しい!

立ち上がって姿見の前まで歩いた。

鏡に映っているのは、この部屋を出て行ったときと違う私。唇の色が紫。今にも泣きそうな不安な表情。

でも、衣裳も靴も髪型も一緒じゃない?

振り返ってテーブルの上を見る。

かすみ草の花束もそこにある。

まだ魔法はとけてないんじゃない?

そう思ったとき、ホールでオー!って声がした。

拍手が起こっている。ナニ?

控室のドアを少し開けた。


!ピアノの音が飛び込んでくる。

(SNOOPY ーCharlie Brown)! 

中学の頃から大好きな曲!私が英検3級に合格できたのは、SNOOPYのおかげだから。ずっとお兄ちゃんがくれたあの本で英語の勉強してたんだもん!でもすごいアレンジ!

いきなりやってきたSNOOPYをCharlie Brownもピーナッツタウンの人たちも、すごく自然に受け入れてくれて、彼は自分の居場所をようやく見つけるんだ。

中学時代、いつかそんな風に変わり者の私を受け入れてもらえたら、なんだって頑張っちゃうって思ってた。

今がその時じゃない!?

こうしていきなりやってきた私を受け入れてもらって、助けてもらって、応援してもらって、魔法までかけてもらってる。

なんだって頑張れるはず。

それに12時になってない!

魔法はまだ解けてない!!


テーブルの上のカスミ草の横に、ツーちゃんがお化粧直しに使えって口紅を置いていってくれたはず。チェリーピンク。

姿見に向かって深呼吸を3回した。

そして紅筆を使わずに口紅を直接ひく。

大丈夫!CHERRYだ!髪を少しなおす。

ドレスもまったく問題ない。

ソファの上のブランケットをたたんだ。

行こう。

ホールで聴かなきゃ!

こんな素敵なアレンジのCharlie Brown!!



■Today 's Favorite sounds■

Charlie Brown Medley

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る