First memory 35

= memory 35 =


三日後のデビュー曲は、(allelujah)

Fairground Attractionに決まった。

さっきまでJ さんと練習してた。

J さんは出掛けなくてはいけないから、最後の仕上げはカバさんに注意点とかを電話で伝えてくれて、カバさんが細かくチェックしてくれる。

私が〈Noon 〉から〈SHELLEY〉 に着くまでの間にそれは伝えられている。

そりゃなんでも知ってるはずだよね。

実は今日の練習は、私の中ではちょっと特別なんだ。だって10代最後の練習だから。

明日、私は二十歳になる。


この間のことを思いながら歌う。

走ってきたSHINさんを見たとき、ちょっとうれしかった。

手をとってもらったときのドキドキ。

上目遣いがちょっと怖かったこと。

ほっぺたについていた薄いkissマーク。

ゆっくり歩いてくれたこと。

歩きながら話したこと。

SHINさんが壮行会に出るのは数回目で、〈Noon 〉ではもう5年くらい歌ってるって。

最初の3年くらいはSHINさんもJ さんに教えてもらってたって。

ちゃんと覚えてる。

ちゃんと会話のひとつひとつを覚えてる。

(allelujah)を歌いながら、あんなに刺激的だったあの日の、最後の10分間だけの記憶がくるくると回っていた。


ゴリさんがいくつか英語のチェックをしてくれる。

『直訳して考えちゃダメよ。詩的にとらえて。日本語でも何かに例えたり、比喩したりするでしょ?特にこの歌の歌詞は、英語の歌詞にしては詩的だから。例えば、kiteは何の例えなのかとかね。』

(allelujah)は大好きな曲だった。Fairground Attractionは一枚しかCD をだしていない。Elliott Erwittのとても印象的なジャケット写真に魅かれて、どんな音楽かも知らずに買ってしまった一枚。衝動買いが大正解だったアルバム。

そういえばElliott Erwittもマグナムのメンバーだった。戦場にも行ってたはず。写真展を見に行ったとき、戦場の写真もあった。

でも戦いの写真はなかった。戦場で生きる人々のわずかな安らぎが写っていた。

SHINさんはどんな写真を撮るんだろう?撮ってきたんだろう?

もう一度、歌う。


「いいんじゃない?」

ゴリさんが腕組みをして言う。

めずらしくソファじゃなくてテーブル席に座っている。

カバさんはちょっとチェックしながら、音がずれた場所と単語のつなげかたを注意してくれた。

『しかし、ビンゴの選曲よね。無理もないし。今のcherryにぴったり。J にもわかってるってことね。』

ゴリさんが呟くように言った。

『今だから、こんな風に歌えるのかもね。でも私的には、cherryにはずっとこんな風に歌ってほしいわね。』

カバさんも静かにそう言った。

それは、今の歌い方で合格ってことですか?

あとは緊張だよなぁ。

昨日はみんないてくれたけど、月曜は〈SHELLEY〉 は営業日だもんなあ。ちょっと不安になる。

『大丈夫よ。あんたはマイク持ったら度胸が座るタイプみたいだから。』

なんにも言ってないのに、ゴリさんが答えてくれた。

『cherry、衣装どうするの?』

ふいにツーちゃんが入ってくる。

忘れてました!今から買いに行く?

「ツーちゃんたちはどこで買うの?いくらくらい?」

『近くにお店あるわよ。3万円くらいからかな?』

そんなお金ないよ!青くなる。

『ツーの貸してあげようか?ルーズソックスも。』

ツーちゃんが笑いながら言う。

『でもcherry、一人でできる?』

「ありがとー!木曜までには、バイト代ちょっと入るからそこで買いに行く。ルーズソックス、練習するから、ツーちゃん、どっちも付き合って!」

ツーちゃんは、しょうがないわねぇといいながら、笑ってうなづいてくれた。

『ヒールもいるわね。誰かさんが、役にもたたないブーツ買ったからねぇ。それもツーに借りれるか。』

ゴリさんが呟くみたいに言う。

『ヒールはツーのでちょうどなのよね?』

ツーちゃんがOK ってしてくれた。8センチヒールはちょっと怖いけど、そんな歩くわけでもないから大丈夫だよね?

そんな風にいつもとかわりなく、私の10代最後の練習が終わった。

帰りがけに三人が声をそろえて、

『Happy birthday’s eve!』

って言ってくれた。

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