First memory 17

= memory 17 =


『ちょっと指をあたためてくるね。』

私の隣で見ていた楽譜や書類を、ボンボンとそろえてクリアファイルに入れたあと、私の頭にもポンと手をおいて、SHIN さんはピアノの方に行った。

クリアファイルの中味が気になる。

私の写真があった気がする。どうして見せてくれないんだろう?変な写真だといやだなあ。J さんに渡した残り?クリアファイルを置きっぱなしにして行かないでよ。気になってしようがない。

SHINさんはピアノの前に座って、いくつか和音を弾いた。

そしてCHOPIN 〈仔犬のワルツ〉。すごいうまい!指が柔らかく動いてるんだろうな。子供の頃、ピアノ教室で何回も失敗して叱られた曲。

SHINさんはクラシック担当なのかな?クリアファイルの中には楽譜もあった。気になる。どうして、ここに置きっぱなしていくんだろう。

ふと我に返った。〈好奇心は猫をも殺す〉ってイギリスの諺が頭の中をよぎる。いつかちゃんとお願いして、写真も楽譜も見せてもらおう。

いつかっていつだろ?

again を期待してるのか?私。


7時が近づいてきた。〈Noon 〉の前にはもうお客さんが来ている。

OPENすると、どんどん客席が埋まる。

女性ばっかり!一人二人で来た人たちはカウンターに案内されている。テーブルがいくつか空いてるけど、そこには(reserve)の札。私、一人でボックス席に座ってるの申し訳ない。

SHINさんが、パフェを持ってきてくれた。チェリーがいっぱいのってる。

『Cherry special!』ってちょっと笑った。黒いシャツに着替えている。かっこいいと思ったあとに、自分の衣装のことを思い出す。どうしよう。

SHINさんが奥に入ってまた一人になった。なんか、客席からこっちを見られてる気がするけど、暗いからよくわからない。

パフェの上のさくらんぼを食べた。

今日はまだ結ぶ練習してない。練習しよ。また折れちゃった。できない。もう一個。

CHERRY specialは、ストロベリーアイスクリームがベースになってる。一番上の生クリームの不恰好さが、慣れてない人が絞った感じがする。生クリームの上のさくらんぼを食べた。美味しい。

食べてしまうのもったいないよ。もうちょっと見ていたい。スプーンで生クリームをすくって食べる。なんだかうれしくなる。

私の席を外して、ホールスタッフの人たちが、飲み物やお料理のオーダーをとっている。

reserve席にも人が来ている。近くのテーブルはおじさんたちだった。みんな普通にお酒を飲んだり、軽い食事をしたりしている。ちょっと暗いレストランって感じ。

私が行ったり、出演したライブハウスとは感じが全然違うなあ。

耳を澄ますと、人々の話し声の後でBGM が鳴っている。SHINさんじゃない。生演奏っていってもずっとじゃないんだ。

7時を少しまわったころ、BGM が止まってライトがまた暗くなった。スポットがあたったピアノには、SHINさんが座っていた。

演奏が始まる。


静かに始まった曲が激しくなっていく

〈Tempest 第三楽章〉Beethoven。

女性たちは当然のように、グラスを置いて、SHINさんを見つめている。

食事をしていたおじさんたちも、いつかフォークを置いてその演奏に聞き入っている。なんて柔らかい指、音。細くて長い指が鍵盤の上を滑る。

口の中にさくらんぼを入れたまま、私は動くことができなかった。

嵐が起こっています。私のなかでも。

ピアノの音にあわせて。ドキドキが加速する。胸が苦しい。ずっと息を止めてる。聞き入っている。目が離せない。どした?私。

演奏が終わって、椅子から立ち上がったSHIN さんがおじぎをした。拍手が起こる。女性たちからも、食事をしていたおじさんたちからも。

私は動けない。

目の前のCHERRY specialは、もう溶けている。ドキドキするとか、何となくうれしいって始まりは子供の頃にあったけど、そんなんじゃない。

初めての感覚。まだ胸が痛い。

どうしよう。

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