First memory 7

= memory 7 =


足が、震えているのに気づいたのは、電車に乗ってからだった。

やっぱり動揺している。

指先で唇に触れてみる。何も変化はないけれど、何か変化している。

それは心の中。

すごく嫌だったけど、そういうことじゃない。

私はあの瞬間、誰かに助けてもらうことばかり考えていた。やっと最後に、自分で戦うすべを思いついたけれど。

これまでの人生、自分で戦ってきたと思っていた。

苛められたときも、受験も、その他のことも。

でも、本当はそうでなかったのかもしれない。

ずっと誰かに、助けてもらおうとしていたのかもしれない。

だとしたら私は今日初めて、自分で戦ったんだ。髪の毛を引っ張るという姑息な手段ではあるが。

そして、もうひとつ。

あの瞬間、本当にびっくりした。でも、それは心の準備をしていなかったからだ。

もちろん、いきなりオカマにdeepkissをされる心の準備なんてできるはずないけど、起こるかもしれない危機回避のための心の準備。

これまでずっと、誰かに守ってもらえる平和な場所にどっぷり浸かってきたんだ。言い換えれば、そんな場所から出なかった。

今回、誰にもナイショで〈Noon〉で歌うっていうことは、安全で守られた快適で退屈な場所から出るってこと。

自分の身は自分で守る。行ったことのない、あの細い路地には、いきなりオカマにdeepkissをされるということ以外にも、今まで知らなかった危険だっていっぱいあるはず。

そういうことを、わかっておかなければいけないんじゃないか。

わかっておくことが覚悟で、覚悟ができてこそ、一歩がちゃんと踏み出せる。覚悟を持たずにフラフラ入っていくと拒まれる。


もう一度、指先で唇をぬぐう。強くならなければ。

唇をぬぐった指先を少し咥えてみた。舌に触れる。

硬い舌?舌を丸めてみる。縦に折ってみる。確かにできないものだなあ。

でも、やっぱり、firstkissは高校の時に済ませといてよかったよ。


次の日、〈Noon〉に入るときは、ちょっとどきどきした。Jさんは昨日のことを知ってるんだろうか?

でも、どうやら何も知らないようだった。よかった。

いつものように発声練習をしたあと、Jさんが言った。

『曲やねんけどな。〈Let it be 〉と〈中央フリーウェイ〉ほんでCapentersの〈Superstar〉で初日行こか。全部アレンジやからな。〈Let it be 〉の歌詞が入ってることは昨日わかったから、あと2曲の歌詞、入れといて。明日までな。』

無茶を言いますね・・・。私の英語力は昨日わかったはずですよね。〈中央フリーウェイ〉は問題ないですけどね。〈Superstar〉知ってますけどね。

入れておくということは、暗記しておけということですね?明日までに・・。英検3級の私が? こんなこと、とっても言えないですけどね。


電車に乗る前にあさひ書店による。洋楽楽譜コーナーでCapenters を見つけた。何冊かあるので、どれにするか迷っていた時に、少し向こうに知っている大きな顔を見つけてしまった。

相手は気がついていない。適当に一冊を選び、そろそろと横歩きしながら、その場を離れようとした。

でも、気づかれてしまった。

『アッラー!昨日のオチビちゃんじゃないの~!』

聞こえないふりをしてレジに向かった。そのまま、店を出ようと思った。

気づいてない、気づいてない、私はなんにも聞こえない!耳にはイヤホンしてる。音、鳴ってないけど。早歩きで出口に向かった。

その時、女神が叫んだ。

『チェリー!待って!チェリー!!!』

チェリーってだれさ?

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