First memory 5

= memory 5 =


顔のでっかい美声の女神の言葉を聞きながら、ゴリさんはまたソファに戻った。私から新聞を奪いとって。

『なんかさあ、舐めてない?仕事ってのを。いくらバイトでもさぁ。

他人の夢を応援するって、パトロンにでもなるつもりかっちゅうの。

だいたい19でしょ?他人の夢の応援するより、自分の夢を追ってりゃいいのよ!もっとも、夢なんて持ってるかどうかもわかんないですけどねー。』

ゴリさんの一言は、まっすぐに私の心臓を突き刺した。自分でも気づいている一番痛いところ、ど真ん中。


〈大きくなったら、何になりたいですか?〉小学生の頃から、この質問に答えられなかった。

両親共に教師、今、兄も教師をしている。でも私は教師にはなりたくない。それははっきりしている。

普通の家庭で、育ったと思う。両親共に教師だから、学校行事は小学校の入学式しか来てもらってないけれど、別に淋しいとも思わなかった。兄もいたし、祖父母もいたから。

成績も普通。赤点をとったことはない。ちょっといじめられた経験もあるし、初恋もした。高校のときは先輩と付き合ったこともある。周りの友達となんにも変わらないと思う。

子供の頃から歌うことは好きだったけど、ピアノのお稽古は嫌いだった。お教室をさぼって、暮れていく淀川の河川敷で歌っていた。

音楽は好きだけど、CD を買うお金がないから、中学のときは兄の部屋にあるビートルズのCD ばかり聞いていた。そして河川敷で歌った。

犬の散歩をしているおばちゃんや、ジョギング中の人が、時々立ち止まって拍手をくれた。でも歌手になりたいとは思わなかった。


今はデザインの学校に行っている。だからデザイン関係の仕事をするって思っている。

でも、それは〈夢〉なのかな?そもそも夢ってなにさ?

周りの友達が時々話していることも、なんかフワフワしていてよくわからない。

それに比べると、彩さんはわかりやすかった。

『歌手になりたい。歌いたい。武道館の真ん中で数えられない人から称賛の眼差しを向けられたい!』

いつだったかの飲み会で酔っぱらって叫んでいるのを聞いたとき、すごく羨ましかった。

私はそんな想いは持っていないし、持ったこともなかったから。

「夢ってなんですか?どうやったら持つことができるんですか?どうしたら見つけられるんですか?」

まっすぐにゴリさんを見た。

本当に知りたかったんだ。

カウンターで、煙草を吸っていたJさんが、カタンと音をたてて、椅子から降りた。

『さて、ワシ戻るわ。準備あるし。とにかく、ママ、ゴリ、カバ、頼むわ。ほんだらあんたは明日な。』

ちょっとした緊迫感をJさんが砕く。

周りのオカマさんたちは、更衣室に行っていた。ステージの周りには、顔のでかい美声の女神と、かわいこちゃんと、ゴリさんと、私だけになっていた。

Jさんは『ほな』と大阪弁で言うと、逃げるみたいに店を出て行った。おいて帰られて、私はどうすればいいんだよ?

かわいこちゃんは、カウンターの方に行った。

今日は帰ろうと思って、皆さんにお辞儀をして、出口の方に振り返ったとき、いつのまにかすぐ近くに来ていたゴリさんに腕を引っ張られた。

突然のことで、ふらっとしたところを急に抱きよせられる。

と、左手で顎を捕まれた。

いきなりのキス!しかも舌を入れてきた!

初めてのdeepkissの相手が、オカマって?!!

ヒドイ!!

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