First memory 1

= memory 1 =


19歳の時、前にちょっとだけ参加したバンドの彩さんに呼び出された。

彩さんは、ボーカリストで素晴らしく歌のうまい先輩だった。

私は同じバンドでバックコーラスをさせてもらった。

「ともちゃんに、お願いがあるんだ。13日の4時に、あさひ書店の前に来てくれない?」

彩さんは、歌がうまくて、美人でスタイルも抜群で。とにかくみんなの憧れ。

その彩さんに呼び出されるとは!なんて光栄!私は喜び勇んで待ち合わせの場所に行った。

20分も早く着いたくらい舞い上がっていたんだ。

ちょっと遅れてきた彼女は、私を一件のBARに連れていった。重たそうな木のドアに、

硝子で作られたピアノのプレートがかかっている。

〈Noon〉という名前の店らしい。

「彩さん?」

ちょっと、怪訝な顔をした私の腕を引っ張ると、店に引き入れた。

『私のバイト先だから。お願い、(翳りゆく部屋)歌って!』

彩さんのバックコーラスだけど、仲間うちのクリスマスパーティで、一度だけボーカルをさせてもらった。(翳りゆく部屋)は、その時に歌った曲だった。


薄暗い部屋の中で、ピアノの部分だけに明かりがついている。

ピアノの前には、黒人の男性が座っている。

『Jさん!連れてきました!もう一回チャンスください!』

彩さんがすがるように、日本語で言う。

『これが、最後やからな。』

Jさんも、大阪弁!で言う。

『ともちゃん、お願い!』

わけがわからないうちに、Jさんがピアノを弾き始める。

彩さんのすがるような目に、どうしようもなく(翳りゆく部屋)を歌った。

一番を歌い終わったところで、ピアノが止まった。

『ボイストレーニングに来週から来れるか?毎日な!とりあえず』

『ありがとうございます!』

彩さんが叫ぶように言った。

やっぱり、わけがわからなかった。


店を出て、近くの喫茶店に入るなり、彩さんは大きなため息をついた。ホッとした感じ。

私はわけがわからないままだ。

『あー!よかったよ!ごめんね、いきなり。』

ますますわからない。

そして彩さんはいきなり語りだした。

『私、留学するのよ!ニューヨーク!Noonで歌ってお金貯めてたんだ。結構、バイト料いいの。1日1時間、2ステージで1万円!すごいでしょ?だから辞めたくないの!戻ったらまたしたいの。だけど、みんな狙ってるのよね。私が留学することわかったら、ハイエナみたいにうじゃうじゃ。オーナーに戻りたいって言ったら、半年間、代わりに歌える歌手がいるなら、代役やらせて戻ればいいって。でもJが、声があわないとだめだって言うのよ。オーナーもJのOKが出ないとだめだって言うし。困ってたのよ。もう、3人紹介したけど、みんなだめだったの。それでともちゃん思い出したの。だってコーラスで時々、フォローしてくれてたでしょ?メンバーもわからなかったじゃない!だから、6月から半年間、私の代わりに歌って!』

まくしたてるように言うと、アイスコーヒーを飲んだ。

つまり・・・、

6月から半年間、あのBARで私が歌う?

Jって人のピアノで?

彩さんの代わりに?

ジョーダンじゃない!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る