第103段 実用な男 【古今】

昔、生真面目で誠実な男が仁明天皇に仕えていた。ふとした出来心だったのか、親王らに仕えている女官に通じた。男は自分の家に帰り、


 あなたと一緒に寝た夜は夢のようにはかないものでした。いままどろんであなたを夢に見て、なおさらはかない気持ちになりました。


と詠んでやった。実にけがらわしい歌だ。


【定家本】


【朱雀院塗籠本】

昔男ありけり。深草のみかどにつかうまつりけり。そのおとこあだなる心なかりけり。こゝろあやまりやしたりけん。みこたちのめしつかひ給ける人をあひしりにけり。さて朝にいひやる。

 ねぬるよの 夢をはかなみ まとろめは いやはかなくも 成勝る哉


【真名本】

昔、男ありけり。最儼いとまめ実用じちようにて、あだなる心なかりけり。深草の帝になむ祇承つこうまつりける。心あやまりやしたりけむ、親王達みこたちの仕ひ給ひける人を会ひ云へりけり。て、

 寝宿ぬる夜の 夢を墓無み まどろめば 弥墓無いやはかなにも 成り勝るかな

となむ読みて遣りける。る歌のきたさよ。


【解説】

「さる歌のきたなげさよ」というほどに悪い歌とは思えない。これも有常が自分の歌を謙遜しているのではなかろうか。業平ではない。

真面目で世渡りが下手で歌は下手くそだというのが有常によくある描写だ。たぶん有常は自分がそういう性格だと思っていたのだろう。

『古今集』644「人にあひて、あしたによみてつかはしける」

『古今集』では業平の歌ということになっている。

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