第85段 目離れせぬ雪の積る 【古】【惟喬?】
【定家本】
【朱雀院塗籠本】
【真名本】
むかし、男ありけり。わらはより仕うまつりける君、御ぐしおろしたまうてけり。
思へども 身をしわけねば 目離れせぬ 雪の積るぞ わが心なる
とよめりければ、親王、いといたうあはれがりたまうて、
【現代語訳】
昔、ある男が子供の頃からお仕えしていた皇子が、
年始参りに、昔お仕えしていた俗人や禅師らが、たくさん参り集まってきて、正月であるからと特別に大御酒をおふるまいになった。雪が一度にこぼれおちるような勢いで降って、一日中やまなかった。人はみな酔って、雪に降り込められたということを題に歌を詠んだ。
我が君のところへお参りしたいとは思うが、身を二つに分けることはできないので、あなたからいつも目を離さぬように降り積もるこの雪こそは私の心です。
と詠んだので、皇子はたいへん感動なさって、自分が来ていた御衣を脱いでお与えになった。
【解説】
これも、前段と同じように、小野の里に幽閉された惟喬親王に業平が年始参りに行ったときの話かと思うのだが、『古今集』0373
東の方へまかりける人によみてつかはしける
伊香子淳行
思へども 身をしわけねば 目に見えぬ 心を君に たぐへてぞやる
微妙に違っているが元は同じ歌であろう。これを見ると、また、全然違う話なのかとも思えてくる。
『玉勝間』
「思へども身をし分けねば」は、「分けぬに」といふ意なり。此例古き歌には多し。「身を分くる」は、身を二つにわくる也。「めかれせぬ」は、雪故にえ帰らで、そこにあるをいふ。さてそれを、わが本意也といへるなり。
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