第72段 大淀の松 【斎宮】

昔、ある男が隣の国に移ることになり、伊勢国に住む女に一目会ってから別れようとしたが、女は再び会ってくれず、男がたいへん泣いたので、女は、


 待つことはつらくありません。あなたは恨み言ばかり言って帰って行くのですね。


【定家本】

昔、男、伊勢の国なりける女、またえあはで、隣の国へいくとて、いみじう恨みければ、女、

 大淀の 松はつらくも あらなくに うらみてのちも かへる浪かな  


【朱雀院塗籠本】

むかし男。伊勢國なりける女を。またはえあはで。となりの國へいくとて恨ければ。女。

 大淀の 松はつらくも あらなくに うらみてのみも かへる浪哉


【真名本】

昔、男ありけり。伊勢の国なりける女を、又また得会はで、隣の国へ往くとて、忌敷いみじう泣きければ、女、

 大淀の 松はつらくも あらなくに 浦見うらみてのみも 還る浪かな


【解説】

この女というのも第70、71段に出てくる、斎宮付きの童女のことだろうか。


「松」には「待つ」がかけてあり、「恨み」には「浦」がかけてあると見てよかろう。


第75段「心は凪ぎぬ」では、男が大淀から伊勢に行こうとしていて、ここでは伊勢から大淀に行こうとしている。


『玉勝間』

「昔男いせの国なりける女」云々、『真字本』に、「女」とあるよろし。

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