033 莵原 【万】
昔、男が摂津国菟原郡に住む女の元へ通っていたが、今度帰ったら二度と戻って来ないだろうと女が思っていると感じて、男は
芦辺から満ちてくる潮のように、ますますあなたに対する思いが増しています。
と詠んだ。女は返しに
隠れた私の心をあなたはどうしてそんなふうに知ることができるでしょう。
と詠んだ。
田舎女の歌にしては、良く出来ているというべきだろうか。
【定家本】
むかしおとこ、つのくに、むばらのこほりにかよひける女、このたびいきてはまたはこじと思えるけしきなれば、おとこ、
あしべより みちくるしほの いやましに きみにこころを おもひますかな
かへし、
こもりえに おもふこころを いかでかは ふねさすさほの さしてしるべき
ゐ中人の事にては、よしやあしや。
【朱雀院塗籠本】
昔男。津のくにむばらのこほりにすみける女にかよひける。此たびかへりなば。又はよもこじと思へるけしきをみて。女のうらみければ。
あしまへより みちくる汐の いやましに 君に心を 思ひます哉
女返し。
こもり江に 思ふ心を いかてかは 舟さす掉の さしてしるへき
いなかの人のことにてはいかゞ。
【真名本】
昔、男、
返し、
【解説】
「さして」は「そんなにして」の意味。船頭が川底に差す棹にかける。確かに水郷の光景が目に浮かぶ歌だ。
『万葉集』04-0617 山口女王が大伴宿祢家持に贈った歌
芦辺より 満ち来る潮の いや益しに 念へか君が 忘れかねつる
山口女王だが、不詳。「鄙人」とあるので、皇族だが、都には住んでいなかった人だろうか。
返歌は大伴家持が山口女王に詠んだ歌、ということになる。
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