034 つれなかりける人

昔、男が、冷淡な女の元に、


 言えば言ったで、言わねば言わないで、胸騒ぎがして、自分の心一つをどうすることもできず、いつも歎いています。


と詠んだ。

男は恥ずかしさを堪えてそう言ったのだろう。


【定家本】

むかし、つれなかりける人のもとに、

 いえばえに いはねばむねに さはがれて 心ひとつに なげくころかな

おもなくていえるなるべし。


【朱雀院塗籠本】

むかしおとこ。つれなかりける人のもとに。

 いへはえに いはねはむねの さはかれて 心一つに なけく比哉

おもひ〳〵ていへるなるべし。


【真名本】

昔、男、顔強つれなかりける人の許に、

 言へば五十戸いへに 言はねば胸に 騒がれて 一心こころひとつなげ近来ころかな

面無おもなくていへるなるべし。


【解説】

『真字』「顔強し」。面白い当て字だ。「強情」みたいなものだろうか。「いへ五十」。この当て字、他にも出てくる。

『仮名』では「言へばに」。

「言へば言へに言はねば」は「言えば言ったで、言わなきゃ言わないで、どちらにしろ」と解釈できる。

「言へば得に」だと、「言おうとして言えず」となるように思えるが、よく考えるとそういうふうには訳せない。


「おもなくて」を「平然と」とか「厚かましく」と解釈すると意味が違ってくる。

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