桜と猫とそれから

新吉

第1話

 私が通っていた山の上の高校とそのすぐ近くにアルバイトをしていたお団子屋さんがある。石巻の桜の名所で春には多くのお客さんが来る。私はおこづかいが欲しくてそのアルバイトを始めた。桜の公園にはアヒルがいて、風船を自在に操るピエロがいて、お花見のお客さんがいて、酔ってたりゴミ箱がいっぱいになっていたり、車が停められなかったりする。私が小さい頃から変わらない景色だ。

 桜の公園にはノラ猫がたくさんいる。猫捨て山と呼ぶ人もいる。たまに高校にも猫が迷い込んでくる。種類も様々でクロもブチもシマもシロもミケもタマもいる。春になれば子猫がミャアと鳴く。私が小さい頃から変わらない景色だ。

 そして、そこから水平線が見える。桜の公園からも高校からもお団子屋さんからも綺麗な海と街と橋が見える。私が高校を選んだのもアルバイト先を選んだのもその景色に惹かれたからだ。なんて、本当は違う理由がたくさんあるけれど、水平線はいつも窓の外にあった。だけどあの震災の時はこちらにやってきた。水平線の向こうからやってきた津波は私の毎日をぶち壊した。景色をぶち壊した。その年のゴールデンウィーク後に高校が再開した。窓から見える水平線は何も変わらない。街はすっかり変わってしまった。夏にはハエ取りのリボンタイプのものが高校の窓にぶら下がった。お団子屋さんではお客さんが変わった。ボランティアの人たちや時々芸能人が来てくれるようになった。いろんな言葉が飛びかっていた。そのうち観光客の方々が来るようになった。景色を眺める人たちは以前の姿と見比べながら、



「あそこが〇〇だったんだよ」


「〇〇にはもう行った?」



 そう話す人たちも大勢いた。はじめのうちはすごく嫌だった。まるで見せ物にされている気分だった。震災がなくても少なからずお客さんもお花見客もいるところで素敵なところで、そう思った。だけどお客さんやボランティアの人から声をかけられる度、そんな気持ちは薄れていった。



「配給の休みにお団子食べに行きますね」


「みなさんよく働きます、応援します」



 しだいに人が集まること、それが当たり前のことなんだと気づいた。たくさんの人に助けてもらった。私も落ち着いてから庭の泥をかき出すボランティアに参加した。そのうちもっと来て欲しいもっと見てもらいたいと思うようになった。今では私も以前の景色の写真が柵に貼られいて見比べながら景色を見ている。今では県外に出来た友だちに震災の時の話や風景を見てもらうこともある。辛い時もある、思い出す時もあるし、泣きたくなる時もある。だけど私以上に悲しくて悔しくて寂しくて寒くて、苦しい想いをした人がそれこそ死ぬほどいる。なんであの時ああしなかったんだろうなんてことを死ぬほど考えては、時間は巻き戻せないことを悔やむ。大丈夫、一時停止も早送りもできないから。再生するだけ、再生に命をかけるだけ。


 私は小さい頃、水平線の向こうに外国があることを信じられなかった。船でいけることを知って、知ってただ漠然と世界の大きさを感じていた。そんな広い世界から多くの支援をいただいて本当にありがとうが足りない。高校のそばの空き地にテントを張って多くの支援をしてくれた自衛隊にもありがとうが尽きない。飲み水もお風呂も最高だった。夏高校が始まっても電車がなくて自転車で1時間くらい汗だくでかっ飛ばしていた頃、世界が変わった気でいたけれど、世界で震災やテロが起きる度に世界は広くて、その中の日本の、東側で起きた大きな震災だというだけで、歴史の一部になるだけだと実感する。水平線も桜も猫もなにも変わらずニャアと鳴いて、世界も自然も時間も大きな流れで、大きな波で、ただただ流されていく。その波に上手く乗れたり、もまれたり、ぷかぷか浮いたりしてそうして過ぎていくものだと最近よく思う。時間とともに風化するのをいろんな映画や小説や誰かが語り継いでいく。したいときに心のままに細々とでも何かの形で残っていったらいいと思う。


 高校時代に私が名前をつけた猫たちはもう死んでいるかもしれない。桜並木の下でそんなことを考えながら猫を探す。赤ちゃんやよたよた歩きの男の子、柴犬にうさぎ、お団子食べてる人、風船をもらった子、迷子を探すお母さん、車を停めにかかってるお父さん、階段が辛そうなおばあちゃん、景色を見に来たおねいさん、出店の焼きそば作ってるおじさん、猫。お花見の季節は賑わう、でも季節を過ぎれば寂しくて寒くなる。高校時代に毎日登った坂は大根坂と呼ばれる。冬になると凍って滑る、タイツに穴が開く。ノラ猫たちは寒い冬をどうやって過ごしているんだろうか、桜の花びらを踏み歩く猫を見つけてストーキングしながら考えていると、別の黒猫が前を横切る。不吉、だけどクロに似ていて、かけよれば逃げられた。風が強く吹けばあっという間に桜が散っていく。どうしてああも花が咲いている時間は短いんだろう。桜と猫とそれからそれから、限られた中で懸命に生きている。大切な生命をかけてのんびり暮らそう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

桜と猫とそれから 新吉 @bottiti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ