第二話
黒板には白色のチョークで気迫の文字が記されていた。
[テスト一週間前]
どんな人でも横顔が
授業の休み時間に優輝がこちらに話しかけてくる。
「何で勉強ってこんなに頭に入ってこないんだろう。こう、何ていうのかな?頭にちゃんと植えつけられているのかみたいな。植えつけられたとしてもそこから子葉が芽生えて、最終的には花が咲くのかなって思っちゃうのよ」
「確かにな。例えば五大栄養素みたいに、タンパク質、ビタミン、炭水化物、無機質、脂質、みたいにそれぞれの効果というか役割が割り振られていて、なおかつ効率よく吸収できたらいいのにな」
「お腹空くから、もうちょっと違う表現で言ってよ!例えば四元素とか」
「よんげんそ?逆に説明してくれ」
「別名は四大元素。[火]、[水]、[空気]、[土]からなるんだよ。[火]は
「難しいな。もっと簡単な例があるだろ」
すると隣にいた西山が唐突に話し始めた。
「全ての物事にはバランスが必要なんだ。基盤が存在し、そこから階段を作る。そして、一段一段上がって行くごとに要素がある。そして、最低限の要素を集めたら、物事に溶け込み通用するバランスになる。俺はそう思ってるよ」
「相変わらず、思考力といい、洞察力といい、流石って感じだな」
「まあ何というか。どれだけ深く考えるかだよ」
西山は元サッカー部で、学年一位の成績だ。多少面倒くさがりなところがあるが、気にならない。
「何でまたバランスの話なんかになったんだ?」
西山が問題提起する。
「勉強の知識の吸収についての話。あ、西山君には関係ないかー」
優輝が笑いながら答える。
「それにしても時間割が連続して続くよな」
「確かに、俺ももう少しバラバラでいいと思うけど、早く終わる気がするからいいかなー」
「そっか。授業が早く済めばいい話じゃん!」
「多分、ポジティブに、ナチュラルに考えたらいいんだよな。全てのスポーツにおいても同じだな」
自分の言った言葉を改めて理解する。ポジティブ?ナチュラル?スポーツにおいての肯定的かつ積極的で自然な考えとは何なんだろう。それはまた、メンタル面か技術面かも分からない。そうこうしているうちに西山が言った。
「それより、チャイムなるぞ。席に座ろう」
その後授業は西山の言った通り早く過ぎて行った。授業をしている教室内は通常速度で時が過ぎているが、教室外では全ての動作が一.五倍の早さで行われている気がした。
四限目終了のチャイムが鳴るとほぼ同時に腹が鳴る。そして、即座に自分の席で今朝作ったお弁当の蓋を開ける。タコ足ウインナーは我ながら見事だ。そんなことを思っていると、隣で優輝が頭を抱えていた。
「何やってんだ?」
珍しく僕から言葉を発する。
「げーむ」
「どれどれ」
スマホの画面を見るとパズルを動かして敵を攻撃するゲームだった。最近クラスの中では人気の作品らしい。
「玉子焼きのいいにおーい。あ、タコ足ウインナー!一個頂戴!」
返答も待たずに口に放り込む。
「あ、ちょ…そっちもなんかくれよ」
「ふふん。優輝さん特製唐揚げ喰らえー!」
そう言って無理やり唐揚げを押し込まれる。味は普通だが、外はカリッとしていて、中はものすごくジューシーだ。
「どう?」
「美味しいよ」
「ほんとに!?また作ってくる!」
そう言って、お弁当の残りを食べる。僕はお弁当を食べ終わり、スマフォをいじる。トップニュースに選挙の当選結果が載っている。下にスライドしていくと、お気に入りの読書記事に新刊の単行本が載っていた。財布を確認して諦める。
「優輝はまだげーむ?」
返答はない。しかし、すぐに。
「あーもう!またミスった…歳のせいだよ!」
「げーむか?そんな理不尽な…」
年齢の歳なのか、自分の名前の歳なのかわからなくなってしまう時がある。
「ちょっと貸してみ」
「あ、ちょっと!」
「ここをこうしたらいいんじゃないか?ほら、そこも」
「歳ってそんなに頭の回転早かったっけ?」
「まあ、そこは気にするな」
「はぁい」
優輝が僕が言った通り、画面のパズルをスライドさせていくと綺麗に色が揃っていく。
できたと言ってニコッとこちらに振り向く姿にやはり、ドキッとしてしまう。
「顔が赤いぞ」
そう言って茶々を入れてくるのは相変わらずの伊東だ。顔を伏せて誤魔化そうとしたが、通用しない。そのうちに僕は机に目を落としていた。化学の教科書に写る緑に奥行きが感じられる。そう言えば、最近芝の上でプレーしていない。緑は変わらず緑なのに、少し離れるだけで感情移入してしまうほどの欲望に満ちている。それほど、この色を、ゴルフを愛しているのだ。その気持ちはたとえ優輝にも負けない。気づくと僕は優輝の瞳に映り込んでいた。
「もしかして、私と同じこと考えてる?」
そう言って優輝が喋りかけてくる。
「恐らくな」
「自然の色を見ると恋しくなるよね。テスト期間で少し緑から離れてるだけなのに、緑から吹く風、揺れる木々と虻の不協和音。どれも違う世界にあるような気がする。本当にこの学校みたいに都会に面していない。私達は囲まれているのよ。包み込まれているのよ。でも私は味方とも敵とも思わない。
僕は黙った。
僕は心でも負けるのか。欲望でも負けるのか。
彼女との差異はなんなのか。考えようとしても思考が追いつかない。
「私喋りすぎ!」
「優輝、君はなんなんだ」
「え?どういうこと?」
「その
優輝の眼は僕の眼を映している。
「これにも答えはないのか」
はっとなる。いや、優輝の矜持を確認できるかもれない。
「優輝、テスト終わったらラウンドしないか?」
ラウンドとはコースにある十八のホールをまわることである。そこに答えはあるはずだ。
「いいよ。私も確かめたいことがあるから」
了承はもらったものの、優輝の様子が変だ。やけに不安や悲しさが混じった表情を浮かべている。何かあると僕は思う。そして、それを知るタイミングは今じゃない。二人だけになった時だ。そう直感したのは何のせいだろうか。
そして、僕(私)達は納得できるのか、それは神様でさえわからないだろう。
私は、歳と一緒にいると不思議な感覚に陥る。芝を踏んで歩いている時も、並んで一緒に歩いている時もプレイヤーの重みがある。その重みは別に悪い重みじゃないけど、半々って感じ。つまり、全力に近い力を出していない気がすると言う意味では悪いし、堂々と楽しんでプレーしてるという意味では良い。そしてそんな彼の眼を見ると凄くドキッとしてしまうけど、顔に出せない。
「何読んでるの?」
「家にあったメンタルの本。俺ってよく、失敗とかしたら引きずるから読んでたんだ。今は前のホールと次のホールの間って重要って感じのところ。ホール間の精神の繋ぎは接続詞みたいだなって思ったんだよ」
「確かに文章と文章を繋げるのにかなり重要だもんね。私はカレーライス食べたいとか考えるかも」
「優輝らしいな」
そう言って私達は二人で笑った。しかし妨げるように昼休み終了のチャイムがなる。まあ隣同士だからいいや。と思いながら席に着く。授業は退屈かつ暇だ。先生がテストに出るぞと言うと、クラスの
「今日は学校にでも残ってテスト勉強しないか?ちょっと教えて欲しいところもあるしさ」
「賛成!一人で勉強するのは億劫なのよー」
「決まりだな」
ニコッと微笑む彼のことを私は…。そこまで考えて、顔が熱くなっているのに気づく。彼は私のことをそんな風には見ていないはず。すると歳が。
「しまった。今日オープンスクールの準備じゃん。俺らは関係ないけど、学校は使えないなー。ファミレスでも行くか?」
「ほんとだ!でも、ファミレスはちょっと…」
「少し集中しにくいか?」
「あ!ちょっと待ってね」
私は歳の言葉を遮ってスマフォを取り出し、母親に電話をかける。
歳はずっと不思議そうにこちらを見ている。
「よし、決まり。うちで勉強しよう!」
「いいのか?と言うか、母親がいるんだったら何か勘違いされるんじゃないか?」
「大丈夫。歳のこと結構喋ってるし」
「じゃあ遠慮なく」
私達は学校を出る。私は電車通学だから、電車に乗って移動する。下車して、三分ほどで到着した。
「いらっしゃい」
そう出迎えてくれたのは、私の母親だ。
早速靴を脱いで二階へ上がる。先日部屋を掃除したばっかりなので、誰を上がらせるにも、恥ずかしくない。
「凄く整ってるよな」
「ほんと?ありがとう!」
「さて、勉強だな」
「真面目だねー。お茶でも飲めばいいのに」
「誰だってテスト前は真面目だよ」
そして、勉強は集中しつつ、喋りつつと言った具合に進行していった。気づいたら二時間経過していた。
疲れ切ったのか。座って眼を瞑るとすぐに寝てしまった。夢は真っ暗な世界だ。何も聞こえず思わない。時間の経過も感じない。
「起きろ」
ペシっと爽快な音を立てて、デコピンをくらう。
「いったーい!何すんのよ!」
「何疲れてんだ。何かあったのか?」
「何もないよ…別に…」
「話せよ」
少し言葉を荒くした歳が顔を近づけてくる。
「最近親の喧嘩がすごくて、しかも揉めてる内容が私のゴルフの継続で。まあお金の話ね。大学のこともあるしね。それを聞いてから私はバイトをし始めて、その給料でゴルフをしてたの。でも最近私のバイト代が家族の生活費にも使われるようになったからそのくらい家計は厳しいのかと痛感してたの。だからできるだけお金は使いたくなくて。ごめんね。それでもゴルフは絶対にやめない!パートナーであり、トレジャーだから。」
私は気づくと涙を流しながら喋っていた。
「そうか。気になってたんだ。前もラウンド誘ったときも不安げな顔してたし、なんでも話せっていったじゃないか」
「ごめん。でもお金の問題だったし、もうゴルフできないかもって歳に言えなかったし」
私はいつの間にか歳の胸に顔を埋めていた。温かくて厚みがある胸。私はこの人が好きなんだ。この人に慰められたいんだ。
「何でも話を聞いてくれる歳が好きなの」
「何でも話してくれる優輝が好きだ」
お互いハッとして瞳を見つめ合う。言葉を交わすと、唇と唇を重ねる。今までこんなに近くに感じることはなかった。私(僕)達の距離は
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