第7話
午後の授業も何事もなく終わり、教室は喧騒に包まれる。それに紛れて俺もいつも通りまっすぐ家に帰ることにした。
「樹、一緒に帰ろうぜ~」
いつの間にやら俺の後ろに来ていた俊之が声をかけてくる。ちょっとびっくりした。
「いきなり背後に立たないでくれよ!びっくりすりだろ」
「すまんすまん」
俊之に反応したついでに教室を軽く見まわす。多くの人がまだ教室の中でだべっているが、上野さんの姿は教室にはなかった。もう下校したのだろうか?いくらなんでも早すぎるだろ......。
「どうしたんだ樹?早く行こうぜ」
「あ、ああ。そうだな」
「なあ、俊之は一人でカラオケとか行ったことあるか?」
今日の上野さんとの話を思い出しながら話題を振ってみる。
「いや、ないけども、最近はヒトカラとか何とかいって一人で行く人も少なくないらしいぞ?歌の練習だったりストレス解消だったり」
「らしいな。いや今度俺も行ってみようかなって」
彼女は一緒に行く人がいないからとか言ってたけどな。
「マジか。俺からしたら一人のほうがハードル高い気がするんだけどな~」
俺もそう思う。カラオケの店に一人で入っていくのは結構きつそうだ。あんまり誘われないからそんなに行ったことないってのもあるけど。
「やっぱりそうだよな~。一人で行って盛り上がりも何もないカラオケってのもなんか変な感じだし」
「だよな~何なら俺と一緒に行こうぜ?」
「いやいや二人もそれはそれでつらいから」
一度男二人で行ったことはあるがなんとなく時間いっぱい曲を入れ続けてしまい以上に疲れてしまったことを思い出す。なんかもったいない気がして入れまくってたけどあと20曲って表示されてた時は後悔したなあ。翌日は声の出し方が悪かったのか声が枯れて出なかったし。
「それにしても朝のコミュ障のことといい一人カラオケのことといいホントになんにもないのか?さすがにちょっと心配になるぞ」
「自覚してしまったら色々と気になってきてな......」
さすがに上野さんのことは言えないので適当に言葉を濁す
「なんだよ、好きな子でもできたのか?」
「いや、それはない」
確かに彼女はかわいいがそれはないだろう。俺は即答した。
「そ、そうか」
翌日、俺は昨日よりも軽い気持ちでまた昼食を食べにあの場所へと向かっていた。今日は飲み物を持ってきていないので購買の近くの自販機に寄っていくことにする。そういえば彼女が購買で毎日パンを買っているといっていたの思い出した。もしかしたら会うかもしれないがまあそのときはそのときだろう。
俺は自販機で安心と信頼のミルクコーヒーを購入する。コーヒーはブラックで飲めるが率先して飲みたいほどに好きではない。市販のミルクコーヒーやミルクティーの甘ったるい感じは本当にたまらない。
購買の方も大分静かになってきた。昼休みはじめの購買はいつも多くの生徒がパンを買うために押し寄せて大変なことになっているが、パンが売り切れるのも早いようだ。それにしてもあんな中に彼女も紛れているのだろうか、あまり想像がつかない。
「パンをいつもあの時間に買いに行ってるのかって?」
もう慣れ始めた階段での食事、先ほど気になったことを彼女に聞いてみる。
「うん。上野さんってあんなすごい人混みの中に毎日入っていってるのか気になって」
「そんなわけないじゃない。知らないの?あそこのパンって昼休みより早く置いてあるから先に行ってれば差し押さえみたいなことができるのよ。だから私はいつも二時間目の終わりの人がほとんどいないときに一度購買に行って予約してるってわけ。教室では食べないから飲み物を買うついでにとりにいけるようにしてるのよ」
「それは知らなかったな~というか普通の人はあんまり使わないよねそれ」
「確かにね。移動教室があるなら使う人もいるかもしれないけど、そうじゃないのにわざわざ行くなんて時間の無駄だものね」
「時間の無駄だと言いながら使ってるあなたは一体何なんですかね......」
「いいじゃない、みんなとは違って休み時間に話す人もいないから本当に予習ぐらいしかすることないもの」
まあ確かに休み時間の間にすることはそれといってないか。うちの学校では休み時間に予習やら復習やらやっている人のほうが少ないので基本みんな喋って過ごすことが多い。その相手もいないとなると休み時間が一番心休まらない状態なのかもしれない。
「そんなことより、ここはコミュ障脱却のための場なのよ!コミュ障を治すための話し合いをしましょう」
コミュ障は病気か何かのなのだろうか......。
「う~んそうだなあ~」
とりあえず俺もそれらしい話題を考えてみる。そういえばパンを予約するときって普通にパンを買う時より多く喋らなきゃならないよな。店の店員や目上の人と話すのはそんなに難しくないのかも。少し聞いてみよう。
「大人の人と話すときとかって特に緊張しなかったりしない?」
「あ、確かにそれはあるわね。先生と話をするときとか特に緊張することとかないわ」
「あれってなんでなんだろうか?俺も大人の女性と話すときは緊張してない気がするんだよな」
「う~ん、友達とかになることがないからじゃない?目上の人が相手だとどうしても事務的な話ばかりになるじゃない。先生にしたって教育相談とか授業の質問とか私たちの個人的なところっていうのかな、そういうところまでは踏み込んでこないでしょ」
「なるほど。そういえば俺が苦手な先生って生徒と友達感覚で話そうとする先生ばっかりだったな」
あういう教師って何なんだろうな。親しみを持たれたいんだろうけど、そういうのが苦手な生徒も少なからずいるだろうに。
「あ~いるわよねそういう先生。友達はできたかとか家では何してるのかとかこっちの趣味とかやたら聞いてくるやつ、余計なお世話だってのよまったく」
「あはは......」
「そういえばあなたの趣味って何?」
余計なお世話とか何とか言ってたのに自分で聞いてくるのかよ。それにしても趣味か......よく考えてみるとこれといって打ち込んでいることがないな。
「......ゲームとか?」
「なんで疑問形なのよ......何か他にはないの?」
「いや~とくにないっていうか、そっちは何が趣味なの?」
「私?そうね、歌うこととかかしら。特に練習とかしてるわけじゃないから別にうまいってわけじゃないけど、楽しいわよ」
「なるほど。それで一人カラオケに行ってるんだ」
「そうよ。本当は一人じゃなくて数人で行きたいんだけど、友達いないし......!そうだわ!ねえあなた、私と一緒にカラオケ行かない?」
「えっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます