慰め
別れてから最初の休み。
もう事務所掃除に行くワケにもいかず…
この前結婚した親友と、久々のランチ。
「新婚生活はどう?」
「ん〜?順調だよ〜。
でもちょ〜っとウザいかな…」
「ウザい?って何が?」
「ダンナちゃん。
前にも増してベッタリなんだもん。
あいつ、私ナシじゃ死んじゃうね…
まっ、そーゆー私も、あいつナシとかあり得ないけどね〜」
「それ結局ノロケじゃん!」とツッコミながらも…
羨ましくて、たまらない。
むしろ今の私には、辛さの追い討ち…
「で、莉愛は?
…なんか、あったんでしょ?」
そう聞く優しい眼差しに、
なんで!?の顔を返すと…
「急にランチ誘って来たと思ったら、なんかブルーオーラ全開なんだもん。
…またいつもの?」
はい、いつもの失恋です…
相変わらずお見通しな恐るべし親友に、コクンと頷きを返す。
「そっかぁ…
あの結婚式の後からそんな事が…
辛かったね…」
一連の隼太話に、黙って真剣に耳を傾けて…
そう私の頭を、優しく撫でた。
それに瞳を潤ませると…
「もぅ…ホント、ほっとけないコだね…
ごめんね?
あいつと付き合ってから、莉愛の事あんま構ってあげれなくて…」
更に泣けてくる言葉に、声が詰まって…
首だけブンブン横に振った。
「それにしても…
またヒロが(話に)出てくるとはね〜。
あの時も苦しんだけど…
ほんっと、あの男絡みはタチ悪いわ!
そんな危険な人、別れて良かったんだよ」
危険な人…
絶対口外禁止の売人話は伏せてても、
ヤクザ絡みに対しての当然な反応。
「…
そう…、だよね…」
なんて言い聞かせても無意味で…
そんな私も見逃さない。
「莉愛はさ…
ヒロの時も、今回も。
自分とは違う世界が刺激的で、ドキドキが加速してるだけだと思うよ?」
そう、なのかな…
「けど…
ブルーオーラは全開なのに、今回は少しなら食べれてるんだ?
睡眠は?取れてる?」
食べ終わったテーブルには、4分の1だけ無くなったパスタ。
睡眠も…
「ん…
2時間くらいは、寝れてるかな…」
なんでだろう…
言われてみれば、いつもよりマシだ。
「ふぅ、だったら大丈夫かな…
莉愛は前に進んでるんだよ。
そのうちきっと、今までの分までめちゃくちゃ愛されるよ!」
「…
そう、かな…
いつか中毒的に愛してくれる人が、現れるかな…」
「中毒的!?いーねそれ!
うん、現れるよっ。
だって莉愛、いいコだもん!私が保証する!」
そんな親友の慰めに、少し元気を貰って…
その店を後にした。
「いつもありがとう…
じゃあ、またね?」
「あっ、ねぇ莉愛?
さっき、"中毒的に愛してくれる人"って言ってたけど…
莉愛は?
いつもハマり込んでたのは知ってるけど…
中毒的に愛してた?」
別れ際に、そう聞かれて…
心が揺さぶられた!
絶対的愛情とか、永遠の地位とか、
私ナシじゃ居られないってくらい激しい欲求…
私の求める中毒愛。
そして私は…
そんな風に愛した事は、無かった気がする。
黙り込む私に、答えを察して…
「だったらきっと、そう愛せた時に…
何かが変わるんじゃないかな?」
心の雨に、まるでテルテル法師でもかざされたみたいな気がした。
それから、帰ろうとした駐輪場で…
ケータイの着信音に引き止められる。
最近のパターンから休みだと想定されて、呼び出された私は…
少し緊張しながら、いつもの場所に向かった。
「お疲れ、莉愛。呼び出してごめん。
とりあえず座れよ、コーヒー淹れる」
「ん…
ね、一生、私さっ…」
「知ってるよ?
…奏曲に聞いた」
奏曲に…
私って、隼太からそんな報告すらされない存在なんだね…
胸に容赦なく、傷が重ねられる。
「…
奏曲…、何て…?」
「つっても…
"俺が余計な事言った所為で、終わらせてしまった"としか聞いてないけど。
でもアイツの事だからさ、
悪気があったワケじゃないと思うんだ。
莉愛なら解るよな?」
解るよ…
奏曲の所為じゃない事くらい…
ほんとは解ってる。
結局隼太も、ヒロと同じで…
私はとっくに飽きられてた。
だけど奏曲の言葉で勇気を貰って、
最後くらいダメ元で…
自分の意思で"会いたい"って伝えた。
それでもショックが激しくて…
誰かにぶつけなきゃやり切れなくて…
きっと奏曲に甘えたんだ。
「うん…
私が八当たりしちゃっただけなんだ…
奏曲には、ちゃんと謝るよ…」
あと、お礼も。
あの時、駆けつけてくれた事…
ほんとはすごく、嬉しかった。
なんの反論もせずに…
受け止めて、謝って、慰めて、抱き…
…なんか今さら照れるんだけど…!
心臓が、ドキッ!と警音を立てた。
それを誤魔化すように。
「てゆっか、なんか恥ずかしいねっ…!
一生もさっ、こーなる事…
私もただの一時的なお気に入りだって事、知ってたんだよねっ…?
なのに今まで、バカみたいだよね…」
「…それ、
誰から聞いた?」
そう返されて、ハッとする!
この話も、絶対口外禁止なのかな!?
「誰からってゆーか、ほらっ…
レディースのコ達が"オキニ"って…!」
「ああ…、そっか。
ん…、周りがそう噂してんのは、知ってたよ。
実際、隼兄の行動もそうだったし。
けど俺さ…
莉愛みたいなコなら、隼兄も変わるかもって…少し思ってた」
す、少しなんだ…
「それに…
ダメだった時は…、その時は…」
そう言って口籠る一生。
続きを促すように、その顔を覗き込むと…
柔らかく吹き出して。
「いろいろプラン、考えてた」
「…プラン?」
「そ。
慰めプランとか、癒しプランとか…
あとは、中毒プランとか?」
「なんかっ、高待遇だねっ…」
思わず笑ったら…
「高待遇だよ?
…俺が全力でサポートする」
急に、艶っぽさを帯びた真剣な瞳でそう言うから…
胸が強く鼓動する…!
「あっ、ありがとう…
でもそんなっ、気ぃ使わなくっていーよ…?
なんかっ、惨めな気もするし…」
慌てて動揺を打ち消すと…
苦笑いで、息を吐き零す一生。
そして切り替えるように。
「あと、隼兄の事だけどさ…
肩持つワケじゃないけど、あの人はあの人で色々抱えててさ…」
そう切り出された話が…
私の胸を波立たせる。
「…聞いても、い?」
「ん…
辛い思いした莉愛には、その原因を知る権利が…あると思う」
そう答えて。
煙草に火をつけた一生が…
ゆっくり煙を吐き出して、語り始める。
「もともと隼兄も、すげぇハマりやすいタイプでさ…
けど今の隼兄は、けっこー危ない橋渡ってて。
その状況を抱えんのに手一杯で…
大事な存在が出来ても守れねぇし、
その所為で身動き取れなくなんないよーに…
自分の感情を砕いてんだよ」
「…、砕く?」
「そう。
誰かに対する中毒的な感情を…
砕いて、複数に散らしてく事で保ってる」
なんだか…
切なくなってきた…
今はそんな風にしか生きれない隼太の、
砕かれた中毒感情群は…
悲鳴をあげて彷徨ってるようで。
それに触発された女のコ達が、
逆に次々と隼太中毒へ堕ち入って…
それは悲しいシンドローム。
そーやって隼太は…
ドラッグのジャンキーシンドロームだけじゃなく。
恋愛のジャンキーシンドロームまで発生させてく…
「だけど、例外はないのかな…
だって、まだ19だよっ?
そんな器用に感情のコントールが出来るとは思えない…!
砕かれた欠片でも、本気に発展する可能性だってあるんじゃないかな…?」
「それを防ぐ為に、
ごめん、言い方悪いけど…
相手のコを利用すんだと思う。
敢えて使える存在として扱う事で、
自分の感情に一線引いてんじゃないかな…」
そーゆう…事か…
思い返せば…
ステッカー販売とか、事務所掃除とか、
もしかして食欲と性欲の処理も。
甘えられたり頼られたりした事は、
使えるって利用されてただけなんだ…!
私は…
これっぽっちも愛されてなかったんだ!
ー「俺、サイコォの女見つけちゃったね」
「莉愛はねぇ、俺には勿体ないくらい…
イイ女だよォ」
「俺、嫉妬でイジメちゃいそぉだもん」
「そ〜ゆぅ健気なトコ、大好きだよォ?」
「愛してるよ莉愛…」ー
心に絡み付いてる隼太の言葉が、無残にそこを八つ裂きにする!
ふいにキュっと。
温もりに包まれた右手が…
悲しみの震えを止める。
気が付けば涙で溢れ返ってて…
目の前には、一生の姿が滲んでた。
「ごめん…!
俺、傷付けるつもりじゃなくてっ…
ただ、莉愛の所為じゃないって。
原因は莉愛じゃないって伝えたくて…!」
「…っっ、いーのっ…
一生は悪くないっ!
私が聞いたんだもん…
一生は正直に答えてくれただけ…っ」
そう伝えて、必死に涙を抑えようとすると…
新しい温もりが、ゆっくりと私の頭を撫でた。
「俺の前じゃ、我慢しなくていーよ…」
今度は温かい言葉に…
涙のダムは脆くも欠壊して。
代わりに一生が、悲しみを受け止めるダムになってくれてた。
「だけどさ、そんな隼兄でも…
莉愛に対しては、少し違って見えたんだ。
きっと今の隼兄なりに、ちゃんと好きだったと思うよ…?」
そんな、さらなる温かい言葉と。
右手を包む温もり、
そして撫で続けてくれる温もりに…
じわじわと慰められてく。
少し落ち着いた私は…
「隼太は、たくさんの人を傷付けてまで…
いったいどこに向かってるんだろう…」
利用された女のコ達や、ヤク漬けにされたコ達を浮かべて…
思わず呟く。
「ん…
たぶん隼兄自身も、苦しんでるよ…」
「…隼太も?
だったらなんでっ、こんな事…」
投げ掛けた言葉に。
一生は哀しく微笑んで、温もりを解くと…
再び煙草を取り出した。
充分に煙を巡らせて。
重くなってた口から、零された話は…
激しく心を揺さぶった!
「隼兄の親父さん、つまり俺の伯父さんなんだけど。
けっこうデカい会社経営してて…
だけど、4年くらい前。
1番信頼してた部下に裏切られて、会社ごと乗っ取られただけじゃなく。
多額の借金だけ残されて…
…自殺したんだ」
息を呑む、衝撃的な内容に目を見張るも…!
一生はこっちを視界に入れず。
煙の後に続けられた事実は、さらに私を愕然とさせた…
「そのあとすぐ…
後を追うように、伯母さんも…」
隼太の、残酷な過去に…
胸が…
どーしょうもなく、切なくなった…!
「それから隼兄は、誰も信用しなくなった。
裏切った相手は、家族ぐるみで仲良かったヤツだし…
実の親ですら、自分を残してあっさり消えたから。
そんな絶望の淵にいた隼兄を、奮い立たせたもんが…
会社の奪還と復讐なんだ。
その為だったら、どんな手段も使っても…
全てを利用しても…
心を殺して、ガムシャラに突っ走り続けてる。
だから余計、感情のコントロールも効くんだと思う」
隼太の抱えてる現実に…
心が酷く苦しくなって。
さっきとは違う涙が、瞳を覆う。
だからって…
隼太のやってる事は、間違ってる。
その犯罪だって、許される事じゃない。
だとしても!
今の隼太にとっては、それしかないんだ。
そしてきっと隼太も…
一生が言うように、苦しんでる。
色んな葛藤に苦しみ続けてるはず…!
だったら私は…
「隼太を、支えたい…」
発した言葉に、
驚きの表情を向ける一生。
「莉愛…
それ…、同情?」
その問いに、
首を横に振って続けた。
「好きだから。
利用されても、フラれても…
やっぱり好きだからっ。
だから。
気が向いた時でも、ヒマつぶしでも、
自己満でこっそり役立つだけでも…
それでもいいから!
支える存在に、なりたい」
「…
そんな、好きなんだな…」
そう応えた一生は…
憐れんでるのか、心配してるのか、切なげで。
"私ならヘーキだよ"の気持ちを込めて、
涙目ながらも明るく切り返した。
「うんっ。
それでお願いなんだけど…
隼太に拒否されるまでは、今まで通りココの掃除に来ていいかな?」
私も結局、エロ得のコ達と変わんない。
ー「みんなアイツにハマりまくっちゃうからねえ!
別れたら、俺ら幹部に身体で取り入ってまで、戻れるよーに頼み込むワケ!」ー
そりゃ私は、身体で取り入ったりはしないけど…
身体を使用する、掃除はしたいと頼み込んでるし。
都合のいい支え、くらいには戻りたいワケだし。
確かに。
中毒的に愛してたとは言えないけど…
ー「莉愛は?中毒的に愛してた?
きっと、そう愛せた時に…
何かが変わるんじゃないかな?」ー
今からでも中毒的に想い続ければ…
ほんとに何かが変わるかもしれない。
微かな支えが、微かな救いになって…
微かでも、隼太の変化に繋がれば。
そんな希望の第1歩、事務所掃除を…
「ん…
莉愛がそうしたいなら…」
OKしてくれた一生!
「ありがとう!」
喜びつつも。
そう答えた一生の顔は、やっぱり切なげで…
少し戸惑う。
「あ…
だからってずっと追いかけるワケじゃないよ?
自分が納得するまでとか、
隼太に完全に拒否されるまでとか…
とにかくっ、一生のおかげで目的が出来たし、前向きになれたってゆーか…」
そう取り繕いながら…
ハッとする!
「ごめんっ!一生!
私っ、思いっきり仕事の邪魔しちゃってたねっ…」
前向きになれたのはいいけど…
仕事中にどれだけ集中ケアして貰ってんだろ!って反省。
なのに一生は、柔らかく吹き出す。
「呼んだのは俺だよ?
それにコレ、慰めプランだから気にすんなよ」
あぁ、さっき言ってたね…
改めてその、慰めプラン?を振り返って…
笑みが零れる。
「ありがとう…
一生は優しいね。
隼太や奏曲のフォローして…
私まで、慰めプラン?でたっぷり甘えさせて貰ったし」
「別に、優しい、とかじゃ…」
相変わらず、褒めると少し戸惑いがちになる一生が、可愛い。
そして続く、一生の話。
「ただ…
何があっても、隼兄は俺にとってほんとの兄貴みたいな存在だし。
奏曲だって、大事な親友だから。
それにアイツ、今隼兄に付きまとって危ない橋渡ろうとしてて…
俺が止めても聞かねぇし、」
「っ、危ない橋って!?」
ドキリとした内容に、思わず食い付く。
「…、まぁ色々と。
とにかく、今回の事でヤケになってんだと思うから、莉愛にも止めてもらおうと思ってて…」
"まぁ色々と"、そう濁された状況に…
ドラッグや売人が思い浮かんで、胸が騒ぐ。
「だからってその為の慰めプランじゃねぇよ?
莉愛の事は…
俺が支えたいと思ってる」
一生の言葉は、耳に入らなくて…
頭の中では奏曲の言葉が巡ってた。
ー「俺、どんな手使っても戻れるよーに協力すっから!」ー
もしかして私の為に、危険な橋を…?
「まだ渡ってないんだよねっ!?」
「え…
あぁ、多分。
アイツもバカじゃねぇし、状況くらいは見極めてんだと思う」
なぜかキョトンとした様子の一生。
「そっ、か…
ね、奏曲の仕事って何時までかな?
あと沖田カーサービスの場所、教えてくれる?」
一生の様子を謎に思いながらも話を進めると…
少し困り顔で、照れ臭そうに笑い出す姿。
「えっ、なんで笑うのっ?」
「ヤ…、なんもっ…」
ただ笑いを堪えて、かわされる。
結局その理由は聞き出せず、なんかスッキリしないまま…
奏曲の職場の場所だけ聞いて。
その仕事が終わるまでは、早速の掃除をする事に。
そしてそろそろな時間になると、改めて一生に感謝を告げて…
はやる気持ちで、沖田カーサービスへと急いだ。
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