別れ
本日の晩ごはんは、手作りタルタルソースのチキン南蛮。
念のために隼太の分も用意するのは、相変わらず。
休みの日に、事務所掃除に行くのも相変わらずで…
一生とは、1番多く絡んでるし。
奏曲とも、そこで顔を合わせてる。
だけど隼太の不意打ち訪問に備えて、飲み会は断り続けてるから…
カツくんが寂しがってるって話を、2人から耳にする。
私は勝手に、身動き取れなくなってて…
隼太からの来ない連絡を待ってるだけ。
フロアの通路から足音が聞こえる度、期待で胸を騒つかせてる。
そんな私の肌まで、騒つかせる出来事が今…
「うわあっ!」
仕込みを終えて、片付けをする私の側を…
黒い物体がっ!
なななっ、何でこいつが!
対策はバッチリなハズなのにっ…
古いマンションだから、黒いヤツの進入は多い。
だからそれを防ぐスプレーとかフィルターとかで逃れて来たけど…
季節は秋。
夏に引け劣らず、害虫が活発な時期。
そう言えば昨日は雨で、スプレー効果も弱まって…
さっきドアポストには、勧誘用のサンプル新聞が挟まってた。
なんて、ノンキに進入経路を考えてる場合じゃない!
慌てて殺虫スプレーを取りに行くも…
戻った時には、見失う。
どどど、どーしようっ!
焦って応援を要請。
「奏曲、大変っ!
ゴキブリが入って来て、逃げられたっ!」
「…っ、あァっ?知らねぇよ!」
「ひどっ!助けてよ!」
「チッ、ソッコー行くから待ってろ」
その返事にホッとした瞬間…
「ちょっと!奏曲ァ?」
女のコの拗ねた声が聞こえてすぐ、電話は切られた。
え…
もしかしてデート中だった?
もしくはお楽しみ中…
や、でも女遊びやめたんだよね?
とは言っても。
所詮私との約束だし、いちいち守んないよね…
今までの彼氏ですら、守って来なかったんだから。
チーン、と落ち込んだところで…
ハッとする!
そーだ!何やってんだろ、
急いでキャンセルしなきゃ!
なのにもう運転中なのか、繋がらない。
仕方なく、到着を知らせる電話で謝罪。
「奏曲、ごめんっ!
なんか、邪魔しちゃったよね?
一応キャンセルしよーと思ったんだけど…」
「あー、この着信それ?
つか別に邪魔じゃねーし。
ユリカ来ててウゼかったし、逆に助かったよ…
で、部屋どこだよ?」
それを伝えながら…
邪魔じゃない事にはひと安心したものの。
ー「奏曲クンとユリカの方がなんかありそーだけどな」ー
ヒロの言葉を思い出して…
ー「あとで寄るぅー」「くんな」ー
浮かんだ2人のやり取りと、
今の"ユリカ来てて"発言に…
自由に家に行ける仲なんだ?
って、改めて驚いた。
あれ。
別に驚く事じゃないか…
そして部屋に来た奏曲と、消えた黒いヤツの捜索を開始する。
「見つかんねぇなァ…
見間違えじゃねーのか?」
「違っ、ちゃんと見たもん!」
「…ったく。
だいたい何で俺なんだよ?
フツー隼太さん呼ぶだろ!」
「いちいちこんな事で呼べないよ!
迷惑、かけたくないし…」
思わず出た本音に…
「…てっめ、俺ならいーのかよ!
いー度胸してんなァァア…」
当然お怒りの奏曲が、
いつもみたいに片手で頬を掴みあげる…
とゆうより優しいから、むしろ包む。
「やっ、ごめんっ!だってっ…」
ー 「つーか、さんざんパシったんだから、
これからもなんかあったら気ィ使うなよ? 」ー
「…って、言ってたじゃん!」
「…っ、そーだけど…!
つか、俺は別に嬉しーけど、隼っ…」
「ああっ!!いたっ!」
奏曲の言葉を遮って、意識は黒い物体に!
「はっ、早くっ!スプレーして!」
「バカ!(ガス)警報機んトコだろが!」
そう言って奏曲は、黒いヤツを恐る恐る他へ追いやる。
その様子を見るからに…
「ね、もしかして…奏曲も怖い、の?」
「あァ!?怖くねぇよ!
フツーに誰でもビビんだろ!」
それ、怖いんじゃ…
って思ったけど、ツッコまないどこう。
思い通りに誘導されない黒いヤツに、だんだん殺意をみなぎらせてくその背中…
途端!
「うわああっ!!」
ヤツが私の方に飛んで来た!!
だけど、バシン!
奏曲がそれを叩き返す。
「うっわ!触ったし!
マジかよ!触ったしっ!」
動揺しながらもヤツを見逃さず、復讐のようにベスポジでスプレーを噴射する。
「殺った、か…?」
動かなくなったヤツを確認して、後処理を済ますと…
「手ぇ洗ってくる…」
ゲンナリした様子で、案内した洗面所に向かった奏曲。
そんな奏曲が可愛いくて。
たぶん怖いくせに、守ってくれたのが嬉しくて…
胸がくすぐったくなる。
「ねぇ奏曲、チキン南蛮好き?」
「あァ?何で知ってんだよ?」
「や、知らないけどさ…
晩ごはんまだだったら、お礼に食べてかない?」
奏曲の目が大きく開いて…
でもすぐに伏目がちに視線を流した。
「バーカ、隼太さんと食えよ」
「…、いーの。
隼太はどうせ、来ないから…」
「…
来ないって…
ずっと来てねぇのか?」
「…ん。
もう、1カ月くらい…かな」
口にして改めて…
切なくなる。
「…
なのにメシ、用意してんだな…」
「…
だって…
もし来た時に、お腹空いてるかもしれないし…」
"バカじゃねーのか!?"
そう呆れるかと思ったら…
「…
バカだな…
会いたいって言えよ」
悲しそうに、呟いた。
「…
私にはやっぱり…
そんなワガママ言えないよ。
好きだから…」
隼太にとっては、ただのお気に入りでしかない存在なら…
なおさら。
「…
だったら…
こんままでいーのかよ?
こんまま終わっても、いーのかよ?」
けしかける言葉に、
首を横に振って答えると…
「相手も待ってたらどーすんだよ…
オマエからの連絡、待ってっかもしんねーだろ?」
目が覚めるような、期待を持たせるアドバイス。
ハッとした私を、少し微笑って…
奏曲とは思えない、優しい声が降ってくる。
「電話しろよ?
電話してちゃんと、隼太さんに食ってもらえよ…」
だけど寂しげな眼差しで、私の頭を…
ポンポンするから、思わず固まった…!
別にポンポンなんて、隼太も含め今までも普通にされて来たけど…
でもしそうにない人のそれは、すごく心を騒つかせて…!
「オイ?」
そんな私を、伺うように覗き込む。
「えっ…
あ、うん!電話してみるっ…」
二つ返事で、動揺を誤魔化した。
それからお礼を言って、奏曲を見送ると。
宣言通り、電話を手に取ったけど…
結局その日は、かける事が出来なかった。
だけど数日後。
ー「こんまま終わっても、いーのかよ?
オマエからの連絡、待ってっかもしんねーだろ?」ー
覚悟を決めて。
ケータイに映し出された隼太の番号に、発信を押した。
呼出音の間の、緊張感が凄まじい…
「珍し〜ね、莉愛。どしたァ?」
久しぶりの愛しい声に、心臓が思いっきり弾けた!
「あっ、うん!急にごめんねっ!?
仕事とか忙しいっ?よねっ…
邪魔するつもりは無いんだけど、そのっ…
私っ、隼太に…
会いたいよ!」
言った!!
応えを待つ間は、きっとそんなに長くないはずなのに…
やたら長く、不安を煽って。
「あ〜、そっかァ…
ハッキリさせなきゃねェ?」
返された前置きに…
更に不安と、焦燥感が押し寄せる。
「俺ら、終わりにしよぉねェ」
胸を潰して、息を止めるひと言。
「ごっ、ごめんっ!隼太っ…
違っ、2度と言わないよっ!」
取り乱す私に、トドメの言葉。
「ごめんね?莉愛。
そぉゆ〜の、シンドイから」
そう切られた電話に…
私の胸も激しく切られて!
瞳は見る見るうちに、涙で覆われて…
茫然と…
その場に崩れた。
だんだん苦しくなって…
苦しくて、苦しくて、苦しくて!
次第に嗚咽を生んで、
ジリジリ押し寄せる実感が、抱えきれなくなって…
咄嗟にケータイの履歴を探って、見つけたそれに激情をぶつけた。
「どした?
………、ダリア?」
「…っっ、奏曲っ…
隼太と…別れたっ…!」
「え…
…っ、なんでっ…!?」
「なんでっ!?
…っ、奏曲の所為でしょ!?
奏曲が余計な事言うからじゃん!!」
「…っ!
オイ、オマエ今どこだよ!?」
「うるさいなっ!
奏曲だって、私がただのお気に入りでしかないって、知ってたんでしょっ!?
なのにけしかけて、期待だけ煽って…
ねぇっ、面白かった!?
奏曲には、純粋に人を好きになる気持ちとか、わかんないよね…っ?
どれだけ苦しいかわかんないよねぇっ!?
酷いよ…、最低だよっ!!」
「どこだよっ!?
頼むから答えろよ!」
「関係ないでしょっ!?
もう…顔も見たくないっ…!」
そう電話を切って…
また泣き崩れた。
しばらくすると…
激しい玄関チャイムの後に、ドアを叩いて呼び立てる声。
「ダリアっ?居るなら開けろよ!
なァっ、居るんだろ!?
頼むから開けろって!!」
うるさくて、ドアを開けると。
その瞬間!
グンと開け広げた奏曲が…
グッと私を抱き寄せた。
「は、離して!
こんなフォロー要らないよっ!」
「ごめんっ…」
苦しそうに吐き零して、ぎゅっとする。
「…っ、もぉ遅いよ!
奏曲の所為だよ…」
「ごめんっ!!」
それに甘えるようにまた、溢れ出す…
「奏曲の意見なんか、聞くんじゃなかった…!
例え今は、隼太の気持ちが冷めてても…
しばらくしたら、思い出してくれたかもしれないのにっ…
このまま放置しとけば、完全に切られる事もなかったのに!」
責め立てて、泣きじゃくる私に…
「…っ、泣くなよ、ごめんっ…!
俺、どんな手使っても戻れるよーに協力すっから!
っだから泣くなよ…」
そう言って奏曲は、私の頭を力強く撫でて…
ぎゅっと、ぎゅっと、抱き包んだ。
「えっ!別れたのっ!?」
昨日は休みだった店長が、2日遅れでそれを知る。
「…何で驚くんですか?
それ前提だったくせに…」
「それはそーだけど。
だって、仕事にあんまり響いてないもんだから…
今回はショックが少ないの?」
そう聞かれて驚いた。
少ないどころか…
今回の別れは、ヒロの時以上に苦しかったはずなのに。
なんでだろ…
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