第7話 パラメーター

「おじいちゃん先生、じっとして」

 おとなしく座ってくれたはいいけど、なかなか手を後ろにやってくれない。

「か…加納くん、何するんじゃ?」

「見れば、わかるでしょ。実験の続きよ」

 わたしは、おじいちゃん先生の右手に手錠をかける。

「さぁ、そのまま左手も後ろに…」

「そんなことせんでもなにもせんから安心しろ」

「だったら、後ろに回して」

 もぅ、めんどくさいなー

「娘さん…」

「…卑怯じゃよ……」

「おじいちゃん先生が大人しく従えば何もしないわよ」

 しぶしぶ、手を後ろに回してくる。もうはじめからそうして。

「ふー、やっとこれで進めれるわ」

 ひと息ついて、おじいちゃん先生を見やり、こちらに視線を送ってくる。外せと…

「ダメよ、今から実験の続きをするわ」

「手錠は必要なのかの?」

 おじいちゃん先生に顔を近づけて、両手で顔を包む。

「ええ、必要だわ。これは、先ほどの実験の反省と今後の課題についてだから」

「反省と課題じゃと?」

「その前に、足を閉じて頂戴」

 なんでみたいな顔をしているが、しぶしぶ足を閉じる。

「うん、それくらいでいいわ。じゃぁ…」

 わたしはそれを椅子に座るように、おじいちゃん先生に背を向けて座る。

「か…加納くん、これ、やめんか」

「うーん、おじいちゃん先生の太ももは座りやすいわね。ちょっとお肉がクッション代わりにいいわぁ~」

 その気分の良さに、わたしは続いて、背中をもたれかけさせ顔を先生の頬に預ける。

「か……加納くん、何しとるんじゃ」

「見ての通り、椅子にしているわ」

 悪ぶれもせずにわたしは答える。

「手錠してなかったら、振り落とされてしまうとこだったとは思わない?」

「それより、降りてくれ、誰か来たらどうするんじゃ」

「その時は、ちゃんと言い訳はするわ」

 グリグリ、頭をおじいちゃん先生にこすりつける。

「やめ…やめくれぃ…」

 こすりつけてるから、どんな顔してるか、わかんないけど意外と楽しいわ。ふふ

「ねぇ、おじいちゃん先生~ この実験の趣旨は忘れてないわよね?」

 グリグリをやめて、椅子の肘置きに右ひじをおく、真正面を向いたまま、顔を乗せる。

 おじいちゃん先生を見ずに、ただ真正面を見て、その答えを待つ。

「…もちろんじゃ、忘れておらん」

 目を瞑り、口角をあげる。

「そう、反省会の前にちょっとまってね」

 わたしは、おじいちゃん先生の足から降りて、実験台に向かう。


 フラスコに水を入れて、フラスコ台に乗せる、そしてアルコールランプに火をつける。

 わたしのその一連の作業を黙って見続けるおじいちゃん先生は、ハラハラした顔でこちらを見ている。

「どうしたの?」

 おじいちゃん先生の視線を感じて、わざとらしく笑い確認をする。

「……それをどうするつもりなんじゃ」

 わたしは右手を顎にあてて、左手を前に組み実験台に寄りかかる。ふふふ、と微笑を漏らす。

「そうね、どうしたらいいのかしら?」

「熱いのや痛いのは勘弁じゃよ」

 ほんとに心配してる。わたしを何だと思ってるのかしら。猟奇的思考なんてないわ。

いまのとこ……でも…。

「さぁ、それはこれからの返答次第よ。おじいちゃん先生」

「……ゴクっ」

 不安そうにこちらをみるおじいちゃん先生。さてさて…うふふふ

 それからわたしは、おじいちゃん先生の膝の上に乗ることにした。

「さぁ、お待たせ、始めましょうか」

「…はぃ」

 そんなに委縮することかしら?そんなに怖いかな?

「では、実験の趣旨を聞かせもらえるかしら?」

 おじいちゃん先生は、わたしに目をやり答えてくる。

「この実験は、加納くんの恋なのか、悪戯なのか、の気持ちを確認することじゃ」

「ええ、よくできました」

 おじいちゃん先生の頭にまた、わたしの頭をつけてグリグリする。

「では、次はおじいちゃん先生のやることは?」

 グリグリされて、なかなか答えずらいのか帰ってこない。

「あ…頭を止めてくれ」

 グリグリをやめて、頭をおじいちゃん先生の肩に預けて、静かに待つことに。

「…わしが…わしが加納くんを好きになることじゃ」

「その通りね。正解だわ」

 グリグリをせずにただ頭をくっ付ける。

「さて、そこまでわかっていることで、少し聞きたいことがあるわ」

 軽くビックっとするおじいちゃん先生。

「この一週間どんな気持ちでいたのかしら?」

「1週間…」

「ええ、わたしは契約以降、何もせずにただただ普通に過ごすことにしてたわよね」

「そ、そうじゃのぉ」

「その間、何かされるか不安ではなかったのかしら?」

 どんな気持ちでいたのかしら、とても気になるわ。

「さ、最初は不安じゃったかが、日が経つにつれて気を改めてくれたのかと思っておったよ」

「そう、それはとても残念ね」

 まだまだ足りないのね…

 わたしは、立ち上がる。そしておじいちゃん先生の方を向く。

「……ひっ」

 そんなに怖がること?

「おじいちゃん先生」

 そういい、右ひざをおじいちゃん先生の太ももの間に置き、両手で顔を挟み、笑う。

「おじいちゃん先生、わたしは、どうなったらいいのかな?」

「えっ?」

「どうなることが理想なのかしら?」

 言っている意味がわからないのか、まだ戸惑っている顔を見せている。

「わたしは、おじいちゃん先生の理想になりたいの」

 顔につけた手をそのまま、ズラして首に回して腕を巻き付けて、顔を近づける。

「か、かの…近い、ち…」

 キス寸前で止めて、わたしは間近で、おじいちゃん先生の優しい瞳を見つめる。

「わたしは、恋する気持ちで求めればいいのかな?」

「…ゴクっ」

 少しでも動けば、キスしてしまうその距離を維持することで、ていいっぱいで、口すら動かせないおじいちゃん先生。

「わたしは、悪戯をすることを求めればいいのかな?」

 実験の趣旨と同様の質問をするが、微妙に違う。

「おじいちゃん先生は、どちらの…」

 一度目を瞑り、そしてもう一度、おじいちゃん先生の顔を瞳をみる。



――― どちらのパラメーターをあげたいの?


 フラスコの中の水は沸騰し、少しづつ蒸気を噴き出している。

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