第5話 条件

 頭を垂れてしまうおじいちゃん先生を前に、心痛むけど、もう後戻りはできない。

「ねぇ、おじいちゃん先生、実験を行う前にいくつか、条件があるの」

 うな垂れた、頭は上がり、こちらを見てくる。

ええ、常にわたしを見て。

「条件じゃと?」

「そうよ、条件。でもその前に、まずわたしたちの目的をはっきりさせましょう」

 無言で頷くおじいちゃん先生。

「…コクっ」

「目的は3つ、わたしの今の気持ちがどちらにあるかという事ね」

 おじいちゃん先生の顔に私は再度、近づける。

「加納くん…」

「1つ目、これが、恋なのかどうか」

 わたしは、そのまま、抱きしめるように、首に顔をおく。

「っこれ…」

「2つ目が、こうして、おじいちゃん先生を慌てさせているのが好きなのかどうか」

 口をおじいちゃん先生の耳元に持っていく。

「で、最後の目的が、わたしを好きになってください」

 ささやく私に、ぶるっと身震いするおじいちゃん先生。いいわいいわぁ~

「いいかしら?おじいちゃん先生」

 再び、おじいちゃん先生の顔の前に私は、顔をやる。

「…わかった、で条件は?」

 娘のことで頭がいっぱいなんだろうなぁ~

「1つ目の条件は、口に出した方が安心するだろうから、言うわ」

 生唾を飲む音が聞こえる…。


「この実験の間は娘さんにもおじいちゃん先生にも被害がないわ」

 少し、安心したのか、安堵の顔をする。

「2つ目は、わたしからしか、おじいちゃん先生に触れることはできない」

 くすっと私は笑う。

「つまり、おじいちゃん先生は、わたしの身体に触れることはできないってことよ」

「…それで?」

 意味がわからないだろうなぁ…

「わたしに欲情して、理性が飛ぶのを抑えるため」

「…手を出すつもりはないが」

「いいえ、おじいちゃん先生、こうして誘惑をし続けるなら、必ずわたしの身体を求めるようになるわ」

「たしかにそうなるやもしれん…」

 わたしは、両手でおじいちゃん先生の顔を挟み、わたしを見るように仕向ける。

「結婚式にでたいのに、冷たいコンクリートの中は嫌でしょ?」

「………コックッ」

 無言でうなずく、おじいちゃん先生。

「だから、手は出さないでね」

「わかった…」

「条件3ね…」

 まだあるのかと、瞳孔がひらく。

「おじいちゃん先生のスケジュールの把握が必要だわ」

「わしのか?」

「そうよ、いつ実験をしたくなるか、わからないじゃない」

 わたしの気分で全部決まるのよ。

「わかった…教える…」

「協力的でありがとう」

 わたしは、再び抱き着いた

「ひとつ、聞いていいかしら?」

「…なんじゃ」

 声に張りがない。

「わたしの事、嫌いになったかな?」

 これはきっと防衛ね。こんなにも、優位に攻めてるのに、不安しかない。

嫌われて当然なのに、聞かなきゃ気持ちが落ち着かない。

「…わしのどこにそんな興味があるんか、わからん」

「それは伝えたはずよ」

 なのに、ぶっきらぼうに答えてしまう。

「わしなんかより、もっと他に若い子もいる。どうしても不釣り合いじゃ」

「それは、おじいちゃん先生の価値観で第三者の意見よね。」

「わしは君のお父さんくらいの年齢じゃよ?」

 それがどうしたのかしら、今どき年の差恋愛なんて当たり前じゃない。

「恋愛は、もっと甘く切ないもの…」

「こんなのは間違ってるのかしら?」

 わたしはおじいちゃん先生の首に回した手に力が入ってしまう。

間違いなの?と不安になる。

「…間違いじゃ、こうやってするのは間違いじゃ…」

 そうは思えない

「おじいちゃん先生、実験をやる前から決めつけるものではないって言ってなかったかしら?」

「これは、科学でもなんでもない」

「いいえ、実験は科学だけじゃない。科目は恋。ならそれに沿った実験なのだから、間違いなんて事はないわ」

 引き下がるつもりはない。わたしはわたしの意思を貫き通す。

「だから、試すのよ。わたしの気持ちを…」

「…キミは引き下がるつもりがないのじゃな」

「ええ…ないわ」

 嫌われてもいい。この実験の行く末は、わたしが見る。

「…そうか」

 おじいちゃん先生は今どんな顔してるのかしら…

 わかってる、きっと悲しい顔…


「加納くん」

 悲観しているとこに声が届く。

「なに?おじいちゃん先生」

「…言いたいことがあるから、一度だけ、抱きしめさせてくれんか?」

「ええ、今だけはいいよ」

 わたしは悩むことなく、受け入れた。

 背中に手が回る、そして首がわたしの肩に埋まる。おじいちゃん先生の肩にわたしの顔が蹲る。


「キミがみる、この実験の先がどんなんであろうと、キミが笑える結果になることを望む」


 おじいちゃん先生の優しい言葉がわたしの嫌な心を癒していく。


「ええ、ありがとう、わたしもそう思うことにする」


 おじいちゃん先生から身体を離し、わたしは手を軽く頬に合わせた。

「いっぱい、わたしの事を考えてね…」


―――こうして、実験は開始される

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