第3話

 だけど勿論そんなことは起こるはずもなくて、正門の前でやきもきして待つ私に、藤倉君はいつも通り「お待たせ」と言いながら現れた。

 思わずほっとしてしまう。良かった、ちゃんと会えた。


 他愛ない話を少しして、私たちは静かに流れる温かい空気を肌で感じながら並んで歩く。

 そうすれば私の不安はすぐに遥か彼方まで飛んで行ってしまって、何故あんな突拍子もない妄想に駆られたのか、今は不思議に思うくらいだった。

 同じように並んで歩く長い影を見つめる。夏至はとうに過ぎたけど日はまだまだ長くて、街灯に火が入るのはもう少し先だろう。


「ここさ、いつもちょっと暗いよな」


 おばあさんと出会った例のバス停に差し掛かる頃、藤倉君がいつものように私の手を取りながら視線を停留所へと向ける。私も彼に倣って目を向けた。


「そうだね。後ろの木も大きいし、草もぼうぼう。それに、ここの電気、もう随分前から切れてるもんね」

「うん。俺ここ通るとき、いつも思うんだ」

「何を?」

「この木の向こうの階段から、良からぬ奴とかが飛び出して来たとき、ちゃんとうららを守れるかなって」

「え?」


 思いもよらない言葉に、驚いて彼を仰ぎ見た。立ち止まった藤倉君につられて、私の足も止まる。


「だからここに来ると、自然と手繋いじゃうんだ」


 言ったそばから、今しがた繋がれたばかりの手に、心なしか力が入ったような気がした。


「そんなこと、考えてたの?」

「うん。結構シミュレートしてる」


 どんな風に? 思わず笑いそうになったけど、藤倉君は真剣な顔をしていて、私は顔に上る前に急いでそれを引っ込めた。

 同じように、もう一度視線を階段へと戻す。

 鬱蒼と茂る欅は、急斜面に摑まるようにして生えていた。奥からは一本、ブロックを積み上げただけという、階段と呼ぶのも憚られるような簡素な石段が伸びていて、上の方は夕暮れ時のせいか、落とされる影に遮られ窺い知ることはできない。

 だが登り切った先には、確かこぢんまりとした神社が建っていたと記憶していた。


「そんな話、聞いたことないから大丈夫だよ」


 彼が気味の悪い話をしたせいか、急に背筋が寒くなった気がして、私は慌てて否定する。


「そうかな?」

「うんうん。だって変質者とか出てたら、学校で絶対先生から言われてるはずだもん。気を付けるようにって」

「確かにそうだな」


 彼は納得したのか、私の手を引きまた歩き出した。


「でも出たらさ、必ず守るから安心して」


 彼は真っ直ぐ前を見つめている。


「シミュレートではバッチリ?」


 その瞳がやっぱり凄く真剣で、私は何だか少しだけ怖くなる。だからあえて軽く切り返した。


「いや、ところがまだまだなんだ。いろんな事態を想定しないとな」


 そうしてやっと、表情を緩めてくれた。


「頼りにしてるから、宜しくね」


 何故急にそんな話をしたのか分からなかったけど、私だって守ってもらうだけなんて嫌だ。実際本当にそんな人に出会ったら、恐ろしさのあまりこの足はぴくりとも動かなくなってしまうんじゃないかって思ったけど、それでも私にできることがあったら何でもしたいと、本気で思った。

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