第12話

「……気になる?」


 A組の優勝で幕を閉じた体育祭。熱気も漸く冷めやり、閉会式が間もなく始まる、そんな頃、先生は私の隣に腰掛けると、唐突に切り出した。


「え?」


 見回すが、辺りには特に変わったことはない。

 何について言っているのか咄嗟には理解できなくて、先生を見つめた。

 すると眼鏡の奥の瞳は、思ったよりも真剣な色を帯びていた。


「部活対抗リレーのチーム分け」

「……え? ああ、えーと、もしかして、誰が行なったか調べてくれるんですか?」

「うん、まあ別にそんな大層なことじゃないし、訊けばすぐに知ってる先生が教えてくれると思うから」

「良いんですか? でも、どうして?」

「うーん、まあ……お悩み相談室してるから、かな」


 その曖昧な言い方が何だか可笑しくて、小さく笑う。

 でも先生の表情は、困ったように眉尻を下げたものへと変化しただけだった。


「深刻そうに見えたんだ。気付いてる? この話をすると、途端に顔色が悪くなる」


 言われて、思わず頬に手を当ててしまった。


「それに、仲の良い奴と一緒のチームになれたってのに、ちっとも嬉しそうじゃない。転んだからか? 違うよな? 藤倉の言葉からすると、もっと前から気にしてたみたいだし。だから少しだけ心配になった。お兄さんのお節介」


 先生は薄く笑った。

 きっと相談されたわけでもないのに自ら首を突っ込むのはいかがなものかと躊躇ったのかもしれなかった。

 でも私としては願ってもないことだったから、その申し出をありがたく受けることにする。


「本当はとても気になっています。理由は言えないけど……お願いしても良いですか?」

「俺が言い出したんだから勿論。変に詮索するようなこともしないと約束する。そうだな、水曜にでも保健室においで。それまでに調べとくから」

 そう言って、ぽんぽんと私の頭を叩いた。

「あんまり悩みなさんな」


 先生の手は大きくて温かくて、本当にお兄ちゃんがいたらこんな感じなのかと何だかくすぐったくなる。


「ありがとうございます」


 あの頃の、孤独だった自分が嘘のよう。私の周りはこんなにも温かかったのに、それにちっとも気付けなかった。

 先生は笑顔で頷くと、


「俺は後片付け始めるけど、ここにいていいからね。藤倉が来たら、一緒に座って待ってて」


 そう言って席を立つ。

 立ち去る背中にもう一度お礼を言うと、振り向いてにっこり笑ってくれた。

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