第13話

 本当は体育祭実行委員だから、テントの解体やゴミの片付けなど、やらなくてはならないことがまだまだ残っているのに、何もできない自分がもどかしくて情けない。


 手持ち無沙汰になると、痛む体が、いい気味、そう嗤ったあの声を嫌でも思い出させた。

 あのとき、いったい誰が私を押したんだろう? 考えてみるけど答えは出ない。声は女性のものだったように思うけど、押した姿をこの目ではっきりと見たわけではないから、押した人と声の主が同一人物かどうかも断言ができないのだ。


 あの場は相当混乱していた。コースも関係なくみんながみんな飛び込んで来る選手を見つめながら助走をつけていたから、ぶつかっても不思議ではない状況だったことは確かだ。でも気になるのは、とても強い衝撃を受けたこと。もし助走を付ける段階でぶつかったのだとしたら、転ぶまでには至らないのではないかという気がした。横から押されたのも不可解だし、そして私はあのとき、誰にも謝られていないのだ。

 順位を競う競技だから、みんな殺気立っていたとも取れるけど、それでも私なら、自分のせいで派手に転んで怪我をさせてしまった相手に対して、一言も声をかけないなんて考えられなかった。

 でもそれは、あくまでも私の意見。人によるのかもしれない。

 それに……。ため息を一つ吐いて足を見つめる。

 結構大きな怪我になってしまった。もしかしたら怖気付いて、謝るタイミングを失くしてしまったのかもしれない。


「うーん……」


 憶測の域を出ないので、結局答えも出ない。

 影森先生がチーム分けのくじ引きのことを調べてくれたら、付随して何か分かる可能性もある。私が突き飛ばされたことと関連があるのかは分からないけれども、とりあえずそれを待つ他、手立てが思い付かなかった。


 果たしてどんな結果が出るだろう、少しだけ怖くなる。

 私の恋心を知って、協力してくれた人でもいるのだろうか? でもそんなの、鞠か影森先生くらいしか思い当たらない。

 私がリレーで嬉しい思いをするように仕組んだ人には、いったいどんなメリットがあったのだろうか。


「美麗」


 ぼーっとそんなことを考えていると、私を呼ぶ声が聞こえた。見上げれば私の荷物を持って来てくれた鞠だった。


「怪我どう?」


 それを手渡しながら、心底心配そうな親友。


「まだ痛むけど、大丈夫。ありがとう」

「なら良かった。みんな心配してたよ。でも大勢で来ても美麗が気まずいだろうからって、私が代表して来た。病院は? お父さんかお母さん迎えに来るの?」


 転んで無様な姿を晒した私は、確かにみんなで来られたらいたたまれなくなる。そういうところを気遣ってくれる、鞠のさり気ない優しさが心にしみた。


「ありがとう。病院は、影森先生が車乗っけてってくれるって」

「そっかそっか。じゃあ終わったら連絡ちょうだいね」

「うん」


 周りを見渡せばそろそろ人もまばらになり始め、実行委員以外はもうあまり残っている生徒はいないようだった。


「あ、ねえ、藤倉君見なかった?」

「藤倉君? そう言えば見てないかな。片付け忙しいのかも。何で?」


 とは言ったけど、からかいが隠しきれていない。鞠はニヤニヤしていた。

 そんな態度に私は少しだけ頬を膨らましたけど、同じくすぐにニヤけてしまって、ちっとも抗議にはならなかった。


「一緒に病院行ってくれるって」

「本当?」


 夕日のせいだけじゃない、鞠の目が途端にキラキラした。その瞳は、本当に純粋に喜んでくれていて、私も嬉しくなる。


「うん。私、もし言えたら、今日頑張るからね」


 口にすれば実行できる、そんな気がした。


「うん。祈ってる。絶対上手くいくよ」


 鞠は拳を突き出す。私もそれに自分の拳をぶつけた。

 彼女の自信漲るお決まりの台詞。根拠のないこれが、今は何よりも心強かった。


「ありがとう、頑張ってくる」


 鞠はそれに一つ頷くと、手を振って会場を後にした。

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