第5話

 寒い……身体が怠い……


 長ったらしい式。


 降り出した雹は、どうやら今度は雪に変わったようだった。

 凍えるような体育館で代わる代わる話す教師や、何事か表彰される生徒を横目に見ながら、私は不調を訴える体と闘っていた。

 冷たい雨と雹に打たれ、早くも風邪をひいたようだ。

 ちゃんとあの傘、使ったんでしょうね? 心の中でおばあさんに悪態を吐く。そうでもしてないと倒れてしまいそう。

 何とか終わるまでは耐えきったものの、それが限界だった。ホームルームは辞退することにし、私はそのまま保健室へと向かった。


 暫く休んでから帰らせてもらおうと思ったのだけれども、運悪く正面から、口うるささでは右に出る者のいない生活指導の沼田が歩いて来るのが目に入る。

 条件反射のように、回れ右! と体が傾きかけたところで……残念なことに目が合ってしまった。


「こんな時間に何してるんだ? 教室に戻りなさい」

 

 こっそりため息を吐く。


 頭が固く、何事も決めつけてかかる融通の利かない沼田。生徒の間で毎年密かに行なわれる嫌いな教師ランキングでは、常にダントツの一位だそうだ。しかも沼田が赴任して来てから、まだその地位を誰にも明け渡していないという。

 渋面を作り歩いて来るその姿は、竹刀かハリセンでも握ってた方がよっぽどしっくりくる。

 小さな舌打ちが聞こえてきて、恐らくは私をサボりだとでも思っているのだろう。


「具合が悪くて、保健室へ行くところです」


 面倒だけど、ここで説明しないともっと面倒なことになる。私は重い口を開いた。

 それを訝しげな眼差しで見つめる沼田。

 本当に勘弁してほしい……


「ならついていってやる」


 上から目線な物言いに、結構です、喉元まで出かかった言葉を必死で飲み込んだ。

 相手にするだけ疲れる。ここで追い払おうと無駄な労力を使うより、本当に熱があるんだし、それが分かれば諦めて帰るだろう。

 私は黙って会釈した。


 ――ガンガン。


 沼田が扉を叩く。

 コンコンじゃない、ガンガンだ。仮にも病気の生徒が寝ている可能性のある保健室の扉を、力の限り叩くなんて、配慮? それともデリカシー? どちらにせよ欠片もない。

 案の定顔を覗かせた養護教諭の影森かげもり先生は、迷惑という表情を隠しもしていなかった。


「沼田先生、お静かに。保健室ですよ」

「ふんっ」


 ふん? 信じられない横柄さに耳を疑う。


 影森先生は確か今年の四月、私たちの入学と同時にこの西紅に赴任して来た、まだまだ年若い養護教諭だ。

 年功序列を重んじる旧態依然のステレオタイプ。そんな沼田は、若造が生意気にもこの俺に意見するのか、とでも言いたいらしい。


「ここに学年とクラスと名前、記入できる?」


 だけどそんな態度にももう慣れっこなのか、影森先生は沼田を一瞥すると、すぐに私に向き直り、クリップボードを差し出した。

 受け取ると、悪寒のせいか思いの外手が震えていて、なかなか上手く書くことができない。それを見て漸く納得したのか、でも沼田は「体調管理もしっかりできないなんて気合いが足りん! たるんでる証拠だ!」そんな捨て台詞を残して保健室を後にした。


「聞いた? 気合いだって……。あの人、本当にそんなんでウイルスに勝てるとでも思ってるのかな?」


 だったらこの世から全ての病気はなくなるのにね、去っていく後ろ姿を見ながら、苦笑した目を私に向ける。

 多分軽口を叩くことで、気にするな、そうフォローしてくれたんだと思った。

 お世話になったのは初めてだったけど、年が近いからか、こちらの気持ちをよく理解してくれる優しい先生、私の中ではそんな印象になった。

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