ルルとエカ

二人して並んで歩くこの街の空はいつも通り――

ちっぽけな一個の人間なんか、気に掛ける理由もなく、真っ青に晴れ渡っている。

久しぶりに、何の理屈も言い訳もなく、ただデートをする俺たち。隣りを歩く沙耶香の横顔は、笑っている。

沙耶香はなんの変哲もないデートを何よりも楽しんでいるようだった――

俺は、最近飼ったばかりの二匹の子猫の話をする。

毎日、転がるように戯れるルルとエカの話を。

栗色のルルはベンガル、茶トラ風のエカはアビシニアンの子猫。

休日にふらっと入ったペットショップで、同じケースに入っていた二人を見た瞬間にはもう、何か月のローンにしようか考えていた。

二人ともメスで、生後八か月の、今がやんちゃの盛り。

ルルが泣き虫で、エカが人懐っこい。

二人とも可愛いんだけど、ルルの泣き顔に、俺は弱い傾向にあるらしい。

あの泣き顔に見つめられると、普段は隠している、自分の本当の心を晒しているような、そんな気になる。

女に泣かれるのが、俺は苦手だ――相手が純粋であればあるほど。

でも、女の涙って、そういう物だと思うし。

「ルルにご執心なんだ、裕也は」

「エカは食事の前後にしか懐かない。純真で我侭なんだよ」

「なんか裕也みたい。自覚ある?」沙耶香はからかうように、その大きな瞳で俺の目を覗き込む。

「もちろん」

「じゃあルルは?」

「俺がいないと生きていけないんだよ、あのコは」

「裕也のペットになったらカノジョは大変だ」

「自分みたいで?」

「あたしはただのシングルマザーよ」

そっけないその物言いに、逆に愛情が見えたような気がして、俺は沙耶香の手をぎゅっと握る。

「絶賛、育児放棄中だけどな。おかげでお父さんは大変です」

昔だったらスカして言う台詞が、今、沙耶香を目の前にして言うと若干の愛情がこもってしまって、俺は心の中で苦笑いを漏らす。

我ながら、俺たちはどっちも、愛情表現が下手くそだな。

ガキの頃から傍にいた沙耶香。

色々あって彼女の娘、穂乃香は、俺の子って事になっている。

沙耶香はその穂乃香のために、たった一人で、東京で働いている。

穂乃香は沙耶香の実家にいる。両親に育てられてすくすくと成長する姿は、まるでタケノコみたいだ。

「バアバから聞いたよ、マメに顔出してくれてるって」

「始めは処女の如く、後は脱兎の如し」

「なにそれ」

「孫子だよ。強引にまとめると娘の旺盛な生命力に驚いてるって意味」

「今でも国語は苦手だわ」

今日は久々に地元に帰省してきた沙耶香と、ただのデートをして、夕食を食い、そして――ホテルで求め合った。

傍にいるという事――、今はただ、それでいいって、思い込んでみたり。

朝方――

二人で部屋に戻ると、玄関先にエカが駆け寄って来て俺の足に顔を擦りつけてきた。

ふわふわの毛がすねを撫でて、それだけで暖かな気持ちになる。

「ただいま、エカ。いい子にしてたか?」

「うん」と頷くエカは俺の後に続けて入ってきた沙耶香を見て、一声、鈴のような鳴き声を上げた。

「こんにちは。初めまして、エカちゃん。触らせてね」

沙耶香はエカを抱き上げ、手のひらの中でもみくちゃにする。

エカは気持ちよさそうに喉を鳴らし、あっという間に沙耶香に慣れてお尻ごと尻尾をフリフリする。

もう一匹のルルはというと、リビングのソファとソファの隙間に、身体をうずもれさせて、大きな耳を真っ直ぐに立てて、あの泣き顔。

「ルル。出ておいで」ルルの耳がピクンと動いて、「後ろのやつがあ」って顔をする。ほんとに臆病で、女の子だなって思う。

「ルル。沙耶香はいい歳こいたヤンキーっぽいけど悪いやつじゃない」

そう声をかけると、沙耶香は俺を睨むフリをして、また目を細めて微笑む。

玄関から部屋に入ると、ルルはばね仕掛けの人形のように飛び出してきて、俺の足と足のあいだに身体を潜り込ませて沙耶香をそっと見上げた。

「ルルちゃん。綺麗ね、あなた。知ってた? 裕也は昔から綺麗な子に目がないの」

「自分が綺麗だって、遠回しに言ってるの?」

沙耶香は右手の爪の先で俺の脇腹を刺して、いじわるそうな表情になる。

「そしてこのように、性格も悪い」

「はははっ」

「自覚ある?」

「もちろん」

俺がそう言うと、沙耶香は笑ってエカを床に下ろし、俺はその手におやつ用のドライフードを二つ乗せる。

「お手って言ってみて」

「オーケー。エカ、お手」

沙耶香の掛け声に、あっさり、何の警戒心もなくエカがお手をする。

「お利口さん。ルルは?」と視線を横に振る沙耶香。「ルルちゃん、お手」

ルルは警戒心と食欲の狭間で揺らぎまくっている。

長い逡巡の果てに、食欲に負けたエカは、恐る恐る、その小さな前足を沙耶香の手のひらに乗せた。

「はい、どうぞ」

ルルは、はむっ、とおやつを咥えて。マッハでソファの隙間に――

「なんか、裕也の気持ち、ちょっと分かるな。ルルちゃん可愛い」

「二人とも自慢の娘ですから」

俺はスカして言ったが、またもや、声にルルとエカへの愛情が乗ってしまう。

「穂乃香の事は?」

「宝物」

ふうんと頷く沙耶香。

「じゃあ、私の事は?」

「俺の全部」

俺がそう言うと、沙耶香は得意そうな顔になって、挑戦的な目で俺を見つめた。

「はーい、いい子。裕也、お手」

「にゃー」

お手をする俺の頬に、沙耶香は甘いキスをした。

そして――、昔からずっと知っている、あのいたずら猫のような目で俺を見て――、それから――

ふわっと、夏の朝風のように笑った。

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