あれはまるで粉雪の様に一体どうなったんだ?


 雪の降る故郷の街並みを楽しんでいた。

 昨日の雨はしっとりとした雪に変わり、傘を差した俺の肩や靴の先に軽く積もる。

 風はない。曇り空の午後に雪が降る。

 冬の東北は豪雪地帯だ。出張でこの街に来て、今日の夜にはもう東京に帰る。

 秋田を離れてもう十年か。都会の暮らし。地元の仲間の嫉妬や両親の心配も今は遠く、長期の休み以外帰る事のなかった秋田の街並みが何だか無性に懐かしい。

 ここで育ち、この土地の歌を歌い、遊ぶ場所のない片田舎で覚えたセックスを飽きることなく繰り返していた高校時代。

 そのまま地元に残ったやつもいるし、都会に出るやつもいた。なんなら仕事で不正して捕まったやつだっていた。

 田舎って言葉は遠くて重い。東京に出たって俺は秋田の男で、冬の雪害をやり過ごす術を幼い頃から知っていた、どこにでもいる、一人の人だ。


 駅前の景色は、灰色で明るかった。

 思い出す。胸を締めつける旧友。初めてした恋。今思えば涼しかった夏や、料理の下手な母が作る冬の鍋。

 その中でも特に色濃い、セピア色の思い出がある。

 フミカ。

 東京からこの街にやってきた、高校時代の恋人。

 冷めた目と冷えた指と暖かい唇ととろけるような粘膜。獣なんじゃないかってくらい豹変する性の行為。そしてあの、温かい吐息。

 壊れていたのか、投げやりなだけだったのか、あの青春のあいだだけ、そうであったのか。

 都会で当てのない三十代を過ごす事と、先のない田舎で過ごした十代は似ている。

 今、この街で偶然再会して、フミカは大人になっていて、あの頃のままの目をしていて、諦めと激情が胸にまだ燻っていて、数カ月に一度、戻ってきた俺と生蛇のように求め合って。

 そんな空想は、疼いて、そして空想だ。

 子どもや旦那がいて、そしてこの街にはいない。それが一番有り得る今だろう。

 だけど。

 崩れ落ちるような空の下で雪風が吹き、壊れそうなくらい泣いて泣いて、泣き倒したあの頃の俺たちは、あの体温とあの吹き荒ぶ本当の感情は。

 あんなにリアルな剝き出しの心が、過去の雪のように積り溶け消えていく。

 あれは、あの日々は、まるで粉雪の様に一体どうなったんだ?

 一生学生でいられたらって、そんな虚しい空洞が、大人になった胸の内にある。

 いざとなれば、いつだって戻れる。

 この街に、帰ってこれる。

 顔に似合わない長い舌や、俯いた横顔の頬骨の高さ。

 いつも、今も、あんなに覚えていたのに。

 涙も出ない、涙も乾かないこの街が、白く煙っていた。

 いつまでも春が来るまでは、この街は雪が降るんだ。

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