西さんのツッコミが木霊する寿司屋

 最近、友だちに会うたびに西さんの話しかしてない気がする。

 会社の後輩である西さんに恋をしてもう半年。

 笑った顔とか、引っ込み思案なとことか、割とツッコミできるとことか。

 何この気持ち? 恋して元気になっちゃうとか大学以来なんだけど!

 そんな俺が、チキンな俺が、酒の勢いで言ったんだ。

「西さん、今度スシ行かない?」


 ふふふっ、夢ではなかろうな。

 休日の夕方、築地の寿司屋、そして隣りには西さん。

 ひのきの付け台の奥に並ぶネタ。日本酒が好きな西さんと少し飲みながら、江戸前の握りを頬張る。

「旨いね。俺、寿司なんてホント久しぶり」

「私も。普段はどんな店行くんですか?」

 西さんとの距離感は、西さんの敬語に集約されているという。

「それはエロい店以外でって事だよね?」

「あたりめーだ」

 しかし西さん、ツッコむ時は容赦ない。

「うーん、ニューハーフパブかな」

「だからぶっ飛ばすぞマジお前」

 たまらんよね、このギャップ!

「西さんは? なんかオシャレな店知ってそう」

「友だちと色んな店探すのが趣味かな」

「友だち?」

「女です。って、言いますよね、普通」

 そう言って、西さんは両手で唇を押さえる。

「冗談です。ツッコんでくださいよ」

「ああ、冗談ね。ところでツッコむのは言葉でって意味だよね?」

「さっきからエロティシズムやめろって言ってんだろ」

 笑い合って、二人でお猪口で乾杯する。

 ギャグを言い合った弛んだ雰囲気。大人な店と、旨い寿司と、本当は、ただの男と女の俺たち。

 気が付けば、そんな空気に酔っていた。

「好きだ」

 ほんと、チキンだな、俺。

 前を向いたまま、顔さえ見ずに、抱えていた恋が唇から漏れる。

 沈黙と、口に残る酒と、きみの匂い。

「私も好きですよ」

「え?」

「お寿司」

「ああ、寿司ね」

 だよね。ああ、なんか、家帰ったらまた飲も。

「ふふっ、先輩の次に」

 笑った顔が、天使に見えた。俺、今日、死ぬかもしれん。

「トロだけに、トロいところが?」

「すごく、いとおしいところが」

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