想いは口づけに


「俺のことどう思ってる?」

「それは男としてってこと?」

「まあ有り体に言えば」

 ユキナは美人だ。欲を言えばモノにしたい、そんな感じ。

 彼女は俺の顔をたっぷり三秒は見つめてつまらなそうにそっぽを向いた。脈があるのかないのか、俺にはそういう繊細な女の心を読む機微ってやつがまだ備わっていない。

 いく時は強気に押しの一手。それが俺の恋愛テクニック。

「私はなんていうか、恋をする気分じゃないの。年とったからかな。キスもハグもしたい。買い物のときに話し相手も欲しい。でも相手の気持ちを考えて気を回してって、ちょっと疲れるんだ、今は」

 仕事帰りに二人で飯を食うってのは世間では恋人候補ってことになるんだろうか。この、二人のあいだの、届かない一歩を泳ぐのが大人の恋愛なのかな。分からないから俺は無難に煙草に火をつけてテーブルの上で指を組んでいたユキナの手を握った。

「セックスは恋の範疇かな?」

「割り切れるし流されるのもいいかなって思う時もあるけど、やっぱり基本的には範疇なんじゃない」

「動物は強いオスが強い子孫を残すために何組ものメスをモノにできる。どうして人間はそれをしちゃいけないんだろうね」

「自分が強いオスだと思っているの?」

「試してみれば分かる。身体は締まっているし持久力も人並み以上。仕事もできるし上司のウケもいい。欠点は我儘さかな、まあそれを長所だと思わせることはできるんだけどね」

「傲慢なふりで男らしさをアピールしているつもり?」

「ユキナは嫌い? 男らしい男」

「タイプよ」

 握っていた手に力を込めると彼女の視線が俺のネクタイをとった胸元に向くのを感じた。

 イタ飯とワインと俺。黄金の組み合わせ。

 会計を済ませてタクシーに乗るといつものように指先と唇でその気にさせる。嫌がる素振りもノーじゃないから。躱されても肩を抱いて肋骨に触れる。

 あとはお決まりのコース。部屋に上がる前にキスをしようとしたら彼女は俺の肩を押して一度距離をとった。

「ねえ、箕浦くん。女は簡単にきみのものになるなんて思わない方がいい」

「なに、焦らしてるの」

「キスしてみせて。それで分かるから」

 よく意味がつかめなかったが断る理由もない。長く甘く、情熱的なキスをして腰を押しつけてみる。俺たちは息を弾ませて互いを見つめていたが、彼女はその口づけの後、苦しそうに眉にしわを寄せて俺の腕の中から抜け出した。

「どうしたの」

「単純だね、箕浦くんは。分からない? 慣れたキスも上手いキスも必要ないのよ、女には」

「ここまできて怖気づいた?」

「やっぱりきみは、分からない人なんだね」

 ユキナはそう言い残して歩き出した。

 俺は意味が分からなくて、その後姿を追いかけることもせず心の中で首をひねった。

 たかがキスで何が分かるっていうんだ? 嫌なら最初からついて来るなよな。

「意味わかんねーよ」

 欲を言えばモノにしたい程度の女に躱されるとプライドが傷つくな。

 もしかしてあれなのか、ユキナは愛だの恋だのを求めてたのか?

 そうかもしれない。

 そこに気づいて俺はユキナのアドレスを消してマキに電話をかけはじめた。

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