なにがそんなにおかしいの?


 私の彼氏は、笑いの沸点が異様に低い。テレビのバラエティーを見ていてもそんなに大笑いはしないだろうってのに、ハゲたおじさんが猫を抱いていたり、隣に居合わせたカップルの痴話げんかを聞くだけで爆笑してしまうのだ。

 それまでは良く笑う明るい感じの自慢の彼氏だった。顔は東南アジア系のアイドルみたいに濃くてはっきりとした面立ちで、野球部ではクリーンナップを任されている俊足外野手。スポーツは大抵なんだってできるし勉強はそれほどでもないけれど社交的だから女子人気も高い。だから付き合えた時はものすごく嬉しかった。

 ちょっとおかしいな、と思ったのは付き合ってすぐだった。クラスで人気者のひょうきんな男子がいつものように笑いを誘っていて、同じ部の彼も掛け合い漫才みたいに場を盛り上げていた。でも休み時間が終わろうとする頃、彼は首をひねって私に耳打ちしてきた。

「なんか違うんだよな…」

 どういうことかな? ちらっと不思議に思ったけれど、私は彼に話しかけられた事が嬉しくて深く考えていなかった。


 翌日、事件は起こった。がり勉タイプなのに喧嘩っ早くて誰も笑顔を見たことがなくいつも人の輪から浮いている、一言で言えば問題児の男の子に、彼は熱烈に絡みだしたのだ。周りのみんなは最初、「なんであいつに」って思っていたけれど、彼が大笑いしているのにつられ、何となく聞き耳を立てているうちにその問題児くんが実はめちゃめちゃ面白い人だって事に気が付いた。毒舌ツッコミとシュールなボケ。口数が少ないから余計に可笑しい。直接話す勇気はないけれど二人のやりとりを気付くと目で追ってしまう。仏頂面で昼休み中、一言も話さずにただ教室でスクワットジャンプをするっていう有り得ないネタにはさすがの私も盛大に笑ってしまった。

 彼曰く「あいつは最初から匂いが違った。流行りのネタや一発ギャグなんてあいつにも俺にもなんの価値もない」らしい。それから彼は問題児くんにのめり込んでしまった。私とのデートの最中も、私自身より、問題児くんとの会話のネタを優先して探す。そして、なにか見たり思いついたギャグを会話の途中でも問題児くんにメールする。返ってくるのは五回に一回なのに、そんな事はお構いなしだ。恋する女学生よりマメに送信して、たまに返ってくる返信で五分は余裕で爆笑できる。それがあまりにも頻繁だから、実は彼はホモで、私はカモフラージュのために付き合わされているんじゃないかって本気で悩んだほどだ。


 そんな私たちにも夏は来て、学生カップルらしく私たちは沖縄の海に一泊で旅行に行った。

「たははははっ。う、海が青い、ダッセーーー」

 なんで海が青いとダサいんだろう。いつもだったらスルーするところだけど、そこはやっぱり沖縄の海。きらめく水面が私を開放的に、明るくさせていた。

「だってさあ、周り見てみろよ。みんな海が青いってだけで急にロマンティックモード全開ですよ。男はきっと頭の中でイカしたセリフ考えながらちょっとワイルド気取っちゃってさ、女は女でいつもより明るい笑顔意識しちゃったりしてさ。あーー、たまりませんな! ネタの宝庫、ビバ、沖縄っ!」

「そういう見方、どうかと思う」

「いやいや、想像してみ、取り立てて花のないカップルが奮発して沖縄旅行。浜辺でキャッキャいいながら水しぶきかけあってさ。『もうっ、やったなぁ』なんて。ブフッ、アハハハハ。ヤバッ、ツボだわ、これ」

 水遊びしてみたかった私は、この彼氏じゃ一生無理だなって悟って砂の上に腰を下ろす。

 なにがそんなにおかしいの?

 泣きたいような情けないような、そんな気持ちで膝を抱える。子供のお守りじゃないんだよ。私たち恋人なんだよ。せっかくの旅行なのに。

 言っても無駄だって分かっているから私は黙り込む。

 彼の良いところ。

 本当に私が傷ついた時や少し落ち込んだ気分でいると必ず分かってくれる。

 急に黙って戸惑う指が私の頬に触れるまで、もう少しだけ、抱えた膝の中で私は子供っぽく舌を出す。

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