第5話 説明/Living
「君の右腕、再生しているだろう? 君がどう思ったかは分からない。夢とでも思ったのだろう。私たちが研究していた内容はそういうもので、その能力的なものを持つ存在がどうやら自我をもつ生物だと考えている。私たちはその能力的なものを『セルフ』と呼んでいる」
「『セルフ』…?」
「意味としてはそのままと思って構わない。正確には自我というより自我を食う『もう一人の自分』という方が正しいのかもしれない」
「『もう一人の自分』…?」
コトツキは復唱しながらその言葉が何を意味しているのか困惑する。
「人の中には何かしらなりたい理想の自分像というのがあると思う。君たちの歳は特に自我などが色濃く芽生える時期でもあり、それが何かしらの原因で能力となって表れると私たちは考えて研究していた。そして、この『セルフ』という力を最大限に発揮させると『アナントス』と名称したものになる」
次から次へと専門用語らしき言葉でコトツキの戸惑いは一目瞭然であった。ツクバはそれを見越して説明を続ける。
「『アナントス』それは先程言ったようにもう一人の自分をその肉体で体現したようなものなのだが、第一段階、第二段階と呼ぶものがある。第一段階は人間の肉体を鎧のように異質なものが覆いつくす状態で、この状態はまだ人間にも戻れる。海外では訓練されたものは意思を持ったままこの状態になるとも聞いている。時間に限りはあるみたいだがね」
ここまでの説明を受けたコトツキが疑問を持ったことをツクバに聞く。
「もしかして僕が記憶ないとこや右腕があるのって、その『アナントス』に僕がなったからですか…?」
「そうだね。実際の映像もあるが見てみるかい?」と言われたコトツキは間断なく「はい」と返事をする。ツクバが取り出した薄小型のテレビ端末にその時の光景が映し出された。そこには確かにコトツキが映っており、コトツキ自身が「これが『もう一人の自分』?」と思いたくなる姿が露呈している。それまで懐疑していたものが己への畏怖へと変わる。そして、コトツキは腹蔵しておきたい内容を吐き出す。
「僕は誰かを傷つけましたか…?」
コトツキは否定を求めた。地面が無いとこにただ一本の蔓草があり、それにしがみついているような思いをした。
「君は君を確保しにきたここの組織の一人を殺めたが、彼等は命を捨てる覚悟で任務にあたっている。だからと言う訳ではないがあまり気にする必要はない」
そうは言われたが、コトツキは自分に対しての憤懣と粛清をもとめ、悲嘆にくれたい思いで混濁する。自分が人を殺したと再認識すると途端に自分の右腕を見つめ、改めて自分自身に恐怖の感情を覚える。コトツキの中で一つの確証が生まれる。『もう一人の自分』の声は、あの時誰かを憎み、衝動的に殺したいと願った際に聞いた内なる声であることに。
「落ち込みたいのかもしれないが説明の続きをしよう。君が今後どうするかは説明を聞いた後に自分ができることを決めればいい」
コトツキは空虚にもなった自分の心を蘇らせるためにもツクバの言葉を受け止めようとする。
「『アナントス』の第一段階については説明したね、問題は第二段階だ。こいつが厄介でね、第一段階で人のなりたいと思う『もう一人の自分』の願いを満たすことで浸食が始まる。ここから説明がややこしくなると思うがついてきてくれ。完全に浸食されると人間の肉体は一時退化する。私は第二段階になる瞬間を二度程しか見たことないが、退化するというよりも肉体を圧縮した丸い球状になると言った方がいいね。その状態ならば人の武器で簡単に殺すことは可能なのだが、球状の状態から肉体を付け進化を遂げるともう殆ど手に負えない状態になる。一応人の兵器などで殺せることは可能だが消耗は激しいし、やっとの思いで殺せるので私たちは第二段階にはなるべくしないように対処してきた。それに第二段階は厄介なことに今まで観てきたことのないような姿になる。人に近い姿になったものも居れば、何を象って、何を連想させるのかも分からないような形になって手に負えなくなる」
ツクバは深く溜息をつくとコーヒーを一口飲み、続きを始める。
「第二段階には決まった姿や形があるわけでもなく、かなり兇暴性も増す。先程君に観て教えた以上に…。まだ球状になるのは対処がしやすい。海外で観られた退化の仕方は人間の肉体まま退化と進化を同時に行うとされるのもある。その状態だと人間の武器や兵器も簡単に通ることがない代わりに動きがぎこちないものになるとされている。嫌な話にはなるが、君たちが制御できない力を国家は見過ごす訳もなく、いつ暴走するかもしれない年齢の子に大きな力が与えられ、洗脳や扇動でもされたら国家を脅かしかねないその力を国は危惧しているのだ。最も今ではこの『セルフ』という力を人為的に動かせないか、新しい国のエネルギー源にならないかなどで『セルフ』抜きとることなども始めたがね」
コトツキはここまでの説明を受け、やっと考えで重くなった頭で疑問を投げる。
「それがクニエさんの言っていたことって…」
「そう、何故かは分からないが海外はそれで成功したと言われている。私たちも真似てみたが成功したのもあれば失敗したのもある。成功したものは自我などを失う訳だから深い眠りについてしまう。失敗したものは君がなったような状態になったものもいれば義手、義足から機械に飲まれたものもいる。君のようになったものは処分をしてきたが、眠りについたものはそのまま保管していた。目覚めたものは何人かいるが、記憶が欠落しているものや最悪喪失しているものが多かったね。勿論、記憶がちゃんとあるものもいたが、そういった子は私達を怖がって自殺や精神が狂うものも至りして、そうさせない為の処置などが大変だった」
「じゃあクニエさんって!?」
「言葉には出さないが相当心の中では恐怖していただろうね。そういった面を含めて彼女は優しすぎるし、私は彼女に色々と反対なのだ」
そう言ったツクバの顔はどこか遠くを見ているようであった。
新星樹のアナントス 川獺馬来 @kawauso_on
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