第4話 前置/Death

「やはりここに来たか」

突然男の声がする。その男をコトツキは確かに見ていたことがある。その声の主はツクバだった。

「やぁコトツキくん、また会ったね」

「なんであなたがここに…。どういうことですか!?」

 コトツキの中でそれは怒りとなり、熱を持ち始めようとする。クニエはコトツキから向けられた視線を宥める。

「怒らないでほしい。あの研究所の研究員であり偵察員でもあったのだ。今ではあの研究所は機能していないし、役目を終えて帰ってきたのだよ」

「でも、この人は僕の…」

 怒りに任して全てを吐き出してしまおうとするが、コトツキが次発せられる言葉を読み取ってか、ツクバは遮断する。

「親を殺した、か? 言い方は悪いが確かに親を殺したようなものだ。しかし、私自身が手を下したわけではない。私に怒りをぶつけないでおくれ、何しろ潜入していた身、ばれてしまう訳にはいかないのでああするしかなかった」

 そう言われたからと言ってコトツキの怒りが収まる訳ではなかった。その時である。コトツキは自分の背中が冷たく感じれ、「殺せ」と囁くような声が聞こえ始め、コトツキの意思とは関係なく体が勝手に動きそうになる。

「ツクバ、いい加減にしなさい。コトツキ、君のご両親は生きてらっしゃるよ」

 コトツキの異変を察しての発言であったのか、クニエはツクバを叱責するがコトツキには理解出来ずにいた。父と母が生きている。確証は持てなかったが、それだけで怒りと喜び,理解不能な感情が渦巻き、いつの間にか体はコトツキの意思のままに動くようになる。

「気を悪くしたなら申し訳ない。ツクバも悪気があったわけではないのだよ。それを分かってほしい…。今日は色々と話をしすぎて疲れだろう? ゆっくり休んでおくれ」

 クニエはそう言うと障碍者たちが集まる方へと歩み寄っていく。

「先程はすまなかったね。それに、研究所のこととも」

 コトツキは目前にいる男が深々と下げる頭を見ても心に揺らぐものを感じなかった。

「休む前に少し話をさせてくれないか? お詫びと言う訳ではないがお茶でもしながら」

断ることは当然できたのだが、それができない自分がいることに疑問を持ちながらもコトツキは了承する。

 施設の中は想像以上に広く感じられ、何と言うかデパートとアパートが一緒になったようなとこである。飲食エリアはコトツキ達がいた直ぐ下の階にあり、そこの『ヌワラ』という名前の喫茶店で向かい合うようにツクバと座る。ツクバはコーヒーをコトツキにはココアが置かれると、ツクバはコーヒーを少し飲む。

「あちち、さて彼女は君にどこまで話したのだい?」

 コトツキは真っ先に両親のことを聞くつもりであったのに、全く意図しない質問をされ不服に思いながらもクニエが国を造ると告げたことを話す。ツクバは話を聞き終えるとカップを指で弾く。金属のように高い音でもなければ鈍い音でもない、セラミック製のどこか寂し気な音だ。

「ふん」と鼻で溜息をつくと顔が真剣になり、ゆっくりと口を動かし始める。

「最初に私個人の意見を言っておくと、クニエのやろうとしていることには反対だ」

 意外な言葉にコトツキは驚きを隠せずにいた。

「国を造っても安定するにはかなりの時間と金がかかる。小国家となれば他国からの攻撃だって在り得るかもしれない。彼女の思想は理想的だが、同時に足りないものもありすぎて国民が着いていくことが出来るか問題だし衰退するのも時間の問題となるだろう」

 そこまで言うとツクバはコトツキを見つめる。何かを訴えかけるように。

「彼女もだが、娯楽などが増えた一方で人間は答えを早くに求めるようになってしまった。それは自由を手にしたが故に時間を惜しみ、情報量が多くなった社会で如何に無駄なく生きるかを選択しようと考えると言うことを放棄してしまったがためにだ。それは人間の業なのか、はたまた時代が生んでしまったものなのか…」

 コトツキは困惑の顔を浮かべていた。ツクバもそれを確認する。

「理解できないのも仕方ない。君はそんな時代に産まれた。それを攻めることなどできはしないが、ただ分かってほしい。大量化された情報社会で直ぐに解答を求めたり、出したりするのではなく、色々と考えた上で君が信じる道を進んでほしいと…」

 ツクバは最後に出そうとしていた言葉を噤む。それを言うのはツクバ自身を否定してしまう矛盾をコトツキに押し付けていいものだろうかという迷いからでもあった。

 コトツキはと言うとツクバの話を言葉通りにしか受け止めることが出来ず、分かった気になっていた。

「さて、コトツキ君は聞きたいことが山ほどあると思うがどうする? 今日は一度休んでまた明日にするかこのまま話をした方がいいかい?」

「疑問を持ったままにすると寝付けなくなるので聞かせてください」

「分かった」

「父さんと、母さんが生きているって本当ですか?」

 やはりこの質問が来ると思っていたようにツクバは説明をする。

「本当だ。君のご両親に直接会って話をしたとこまでは実際に音声を撮っていたが、その後の銃声音などは合成のようなものだ。あれは君の能力を解放するためにやったことだが、その為に両親を本当に殺してしまうのは研究としても色々と問題があるからね」

「僕の能力ってなんですか? 何の為にあんなことを…」

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