第3話 駒/Meaning
何故か頭の中がスッキリしている。今まで起きていたことが夢だったと疑い始める。右手は元の手に戻っており、痛覚があるか抓ってみたりすると痛みもしっかり感じれ益々あれは夢だったと思える。それにしてもだ、周りを見回してみてもベッドが数個置かれているだけで後は何もない。まだ夢の続きなのかと思った刹那、現実は運ばれてくる。
「入らせてもらうよ」
凄く落ち着いた女性の声がした。思わずそちらに目をやると声から感じられた落ち着きある女性がいた。立ち振る舞いの一つ一つが品良く、鼻に付かない。一見派手に見える衣裳も瀟洒に着こなしている。たったそれだけで彼女からは貫禄があるように見える。
彼女はコトツキが横たわるベッドの縁に置かれた椅子に座ると口を開く。
「まずは自己紹介をしよう。私はクニエと言う」
そう言い終わると彼女は微笑んで見せた。思わず顔を赤らめそうになりながらコトツキは平然を装うと自分の話をする。
「藤長 コトツキです」
「良い名前だ」
コトツキは「ありがとうございます」と口から出そうになったが、クニエはコトツキが疑問に思っていることなどを話し始める。
「まずはここがどこか、そして何故ここにいるのかを教えなければいけないね。長くなるだろうか寛いで聞いてほしい」
思わず背を正そうとしていたコトツキであったが、言われるままに彼は全身の力を抜き、ヘッドボードにいつでも縋れるような態勢になる。
「ここは双子山の麓付近に造られた『叶町』、おおよそ三万人が住んでいる町だ。そして、何故君をここに連れてきたかだね。ここ最近色々と話題になっていたね、地震の震源地はどうやら双子山ではないのかと。それは事実であり、あれは山でもあるが山の土を被った遺跡だ」
コトツキは理解が出来なかった。クニエはその様子を見て予想通りの反応を見たというように微笑んで見せる。
「当然の反応だ。しかし、事実でもある。今はまだ調査中であるが、すでにあの山の中から金属のプレートを発見した。私たちは一応遺跡と呼んで調査しているが、もしかしたら何か莫大な資源になるかもしれないと思っている。それに、この山の周辺だけ生えている木や土が違っていて、色々と怪しいからここを調査しながら暮らしているという訳さ」
コトツキは「そうなんですね」と味気ない相槌をするが、そのことを咎めようともせずにクニエは話を続け始める。
「次に君を何故ここに連れてきたかということだね。まずは、ここに私の理想の国家を造るというのが目的だ。その為に君をここに連れてきた。君の力も貸してほしい」
「あの、良く分からないのですが…」
そこでクニエは自分がいつの間にか熱く語っていることに気付き大笑いする。
「あっはっは、これは済まなかったね。あまりに話を端折りすぎてしまった。呆れていないのなら是非最後まで聞いてほしい」
そう言うとクニエは髪をなぞる。目的を前に子供のように目を輝かせた彼女はさっきとは別人のように落ち着きをみせる。しかし、それが本当に落ち着きの表情なのかは分からない。
「君がいた研究所があるだろ、実はあそこに私も居たことがある」
それを聞いてコトツキは驚愕する。そして、コトツキは真っ先に研究員としていたのではないのかと疑った。それを察してか彼女は微笑んで首を振る。
「私も君と同じで研究材料としてあそこにいたよ。その証拠にこれを見なさい」
右手と左手の袖を捲る。それを見るとコトツキはまた驚く。思わず隠さずには驚けなかった。そこには義手になった二本の手がある。
「こ、これは…」
「君と同じだ。と言っても左手は違うが。私も君がされたように右手を切断された。あそこの研究員は私たちの中に眠る力を欲していたようでね。そのやり方というのが力を発揮しようとした際に右手に着けた義手で力を封じるだけでなく全て抜き取るというものだ。私は見事に力を全て抜き取られ長い間眠りについたみたいだ。目覚めたのは三年前、これでも私は早い方らしくてね、リハビリなどで色々と苦労したよ。左手とそれから見せてはいないが実は右足も義足にしていてね、これらは後遺症によるものだ」
コトツキはどう反応したらいいのか分からずに沈黙するしかない。クニエは悪いことをしたなと言う風に表情を少し困らせるが、話を止めるわけにもいかず続ける。
「それまでの私は障害者を忌み嫌っていたよ。自分達とは違う存在とは恐怖であり、劣るもの。理解できない存在で弱い者だと思っていた。しかし、そう思うのは私を含めた周囲の人間であり、彼ら自身ではない。私はこういう体になって初めて気付いた。彼等の方が強い存在であると。私たちに最初からあるものは彼等にはない。例えそれを囃し立てられようが、愚鈍だと見下されようとも、彼等は克服する強さを持っている。突然とはいえ、私は初めて己の弱さを知った。自由に歩くこともできない、触ったものの感触が分からなくなる恐怖を知って、自分がどれだけ弱い存在か知ったよ。これも全てリハビリの時にあったリアという女の子のおかげだ」
コトツキの中でクニエという存在感が変わりつつあるのを感じる。
「そのリアって言う子は?」
「車椅子に乗っている子だった。自分の手で進むということを知っている彼女は私の励みにもなり、私の姿も彼女の励みになっていたようだ。しかし、ある日彼女が私の前から消えて、色々な人に聞いて回ったら亡くなったとその当時は聞かされたよ」
コトツキは顔を曇らせる。それを見ていたクニエはどういう訳か少し笑って見せる。
「意地悪な言い方をしたね。後になって知ったが彼女は生きているよ。しかし、その当時の私は深く絶望もしたし色々と悔やんだりした。何故彼女が生きているとしるようになったのかはまた直ぐに話すが、どうやら私はまだ研究者たちに監視されていたらしい。と言うのも、深い眠りから目覚めた人間が何かをきっかけに再び力が付くかもしれないという可能性もあったからね。早々自由にはさせてもらわなかったよ。私は色々考える内に思った。私は私の国を造ると、生者と死者の為の国を。力だけではない、そこには知があり、情があり、愛があり、義のある国を造ろうと」
クニエはそこで言葉を切るとコトツキの方を見て微笑む。
「この話はどうも熱くなってしまう、すまない。もう歩けそうかい? 少し頭を冷やしたい、話の続きも兼ねてこの町を案内させてほしい」
「大丈夫です。歩けます」
クニエは熱くなるといったが、常に落ち着いた物言いをするからコトツキは彼女が熱くなったという感じがあまりしなかった。それに彼女のことをもっと知る機会だと思いコトツキは彼女の後を着いて行く。
「施設内で一度、男の子が大切にしていたおもちゃを無くしたことがあった。近くにいたリアが真っ先に疑われ、私がリアを庇護しても男の子とその他大勢はリアを犯人扱いしたまま、結局リアはやっていない罪を認めさせられ謝ったよ。おもちゃも結局男の子が外に置き忘れていたというものだった」
そう言った時のクニエの表情は怒っていた。それが男の子に対しての怒りだけではないように見える。
「大勢のものが少数の真実と意見を信じない。私はこれを民主政治の衰退の現れだと思っている。かつてリアの時と同じようなことで友を亡くしたことがあった。そのこともあってこういうことにはどうも感情が高ぶってしまう。リアの時も何とか抑えたが、亡くなったなんて言われた時は後悔したよ。いつしか私は民主政治を憎むようにさえなった、大衆は自由を欲し国の為に働くものたちに全てを押し付けるようになった現状を。自由を手に入れた大衆は自由に飽きる。だから大衆は誰かの失敗を罰しようとする。そうすることで国の為という義務を果たせた気になるから。それが続くと少数の真実なんてどうでもよくなる。大勢の人がいればそれが真実だと思い、本当の意味での真実とは捻じ曲げられ見えなくなる。例えそれに気づいたとしても、先程のことから消されることもあれば、もう既に遅いこともある。落ちるところまで落ちないと民は気付かないだろうし、また気付けても大衆は新たな国のトップを望むだけで自らが動くことはなくなるだろう。私はそれが嫌だ」
いつの間にかクニエの表情は変わっていた。彼女は己が歩く道を真っ直ぐ見つめている。それを見ているとコトツキまでもが突き動かされそうになる。
「私の理想とは最悪政治家がいなくても強い行政機構と官僚機関が備われば、国民が死傷なく動くことのできる国である。政治家が怠けるから国民が怠け、国民が怠けるから政治家も怠けるのである。つまり、自分たちが努力することを怠ってしまうようでは衰退していくだけだと思っている。私が造りたいと思う国は階級制度だ。誰にも向き不向きがあるのだからその者にあった階級を与える。民の努力次第では昇格もすれば降格も在り得る国家を造りたいと思う。それは統治者にも言え、努力と結果次第では統治者になり得るというものだ。ただ結果を出すだけならば他の者にもできそうだからな。その為に努力も見せるべきだ。これを実現させたいのだが、大国家で急にこういう制度を造るのは時間がかかりすぎる。だから私はこの町を小国家として新たに造り上げようと思っている」
コトツキはクニエの後をついて歩くだけであったが、エレベーターに乗り上り始めた辺りで疑問を持つ。
「クニエさんのやりたい理想の国家は分かりました。でも、どうしてそこで僕を…?」
「軍としての強大な力がほしい。それがあるだけで国を造った際に他国への嚇しにもなり、抑止力としての象徴として君の力がほしい」
「軍としての力ですか…」
「国を造るのでも争いは避けて通れないだろう。その為の力の象徴でもある。暴力に頼らないのが理想だが、暴力によって決着をつけてきたのも事実。それが例え血塗られた道を歩こうとも、私は歩みを止めるわけにはいかない。犠牲が付き物でも私は先陣を切る」
「クニエさんはどうしてそこまで」
「私がもっと大人だったらこんな考えはしなかっただろう。だが、体だけが大人になってしまった私には今の世は住みにくい」
ここまで話を聞いていたコトツキは初めて彼女の弱さを見た気がする。なんと言葉をかけようか迷っているとき、エレベーターの目的地に着いた音が響く。
ドアが開いてみると屋内とは思えないほど広く一面芝生が植えられた上を車椅子で動き、白杖を突いて歩いているもの、その他色々な障碍者のための広場があった。
「ここは私のお気に入りの場所だ」
そう言ったクニエの顔は先程弱音を吐いていた人物とは思えないほど微笑んでいる。
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