第20話 試合を始めよう
ふう。
練習が一通り終わり、水飲み場へと向かう。一番近くの水飲み場は混んでいたので、少し遠い所まで行こうとグラウンドから離れた。
水分を取り、グラウンドに戻って来ると伊根町と福知が話しているのが窺えた。福知はどうやら昼休みに俺が言ったことを実行しているらしく、積極的に伊根町に話しかけに行っているようだ。
一瞬、伊根町と目が合う。
邪魔をしないようその場を離れ、スペアのメガネを装着したメガネくんの所へ向かった。彼とは話が合う。これは脱ぼっちを成し遂げたのではないだろうか。
休み時間が終わるまで、グラウンドに座り話をしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
本日の体育二時間目は、授業を一時間丸々使っての試合だ。Aチーム対Bチーム、Aチーム対Cチームの二試合が行われる。
計二試合だが、一人が実際に出場できる時間はかなり短い。というのも試合が、前半は女子対女子、後半は男子対男子で行われ、前半後半の合計得点で、勝敗を決める形でゲームが行われるからだ。
例えば、一試合五十分あったとしても、男子に許された出場時間は二十五分ということだ。
俺達Cチームは今日は一試合のみなので、出場出来るのは男女それぞれ十分程度だろうか。一試合当たりの試合時間は、後日、ある程度俺達がサッカーに慣れて来た頃に延びるらしい。
キックオフ。Aチーム対Bチームの試合が始まった。
Aチームは立也と舞鶴、Bチームは福知とモブ田がいるチームだ。
…………。
圧倒的にBを応援したい。Bチーム、あの二人をボコボコにしろ。
立也にイケメンアピールをさせるな。舞鶴の悔しそうな顔を俺に拝ませてくれ。
だが俺の願いは届かず、前半の女子対女子はイーブンで終わった。
「舞鶴さんって可愛いよね」
「……そうだな」
メガネくんの言葉に、少し迷うも頷きを返す。外見の可愛さは校内でもトップクラスだろう。
内面の憎々しさに関しては、全国レベルでトップクラスだが。
立也がコートに立つ。それだけで周囲の女子がざわついた。
頼む、福知、モブ田、サッカー部。どうにかして立也への歓声を止めてくれ。立也はシュートを封じられている状態でも、魅せるプレイをしてくるだろう。
その度に女子に騒がれては堪ったもんじゃない。俺が立也と親友でなくなる日が来る可能性まである。
「僕、イケメンって嫌いなんだ」
「気が合うな。俺もだ」
あいつらは生まれた時から恵まれている。一度、コテンパンにしてやる方が良いお仕置きになるだろう。
しかしこれまた俺の願いは届かず、立也は華麗な姿を披露し、女子達を虜にしていた。舞鶴に至っては目がハートである。
最近、俺の望みが叶ったこと無い気がする。もういっそ逆のことを願ってみようか。
ピーッ!
試合終了のホイッスルが鳴った。結果は二対〇でAチームが勝利。
カッコいい所を見せようとしていた福知は、見せ場がなく落ち込んでいた。モブ田も悔しそうにしている。ドンマイだ。
そのまま流れるようにAチーム対Cチームの試合に移った。試合の予定が時間ギリギリな為である。
ピーッ!
先程の試合が終わってから僅か二分としない内に試合が開始した。女子が意気揚々とサッカーボールと戯れ始める。
「良いな」
「ああ」
女子の試合は平和だ。男子なら簡単に取れるボールや打てるシュートも、女子となるとそうは上手くいかない。
笑顔で楽しむ彼女達の姿は、立也に荒らされた俺とメガネくんの心を癒してくれた。
下手ながらも頑張る彼女達を応援する声が、あちこちから聞こえて来た。
「やっぱり、上手く出来ないからこそ可愛いんだと思う」
「同感だ」
メガネくんの発言に共感する。なでしこジャパンの試合などは、観戦してもどうしても可愛いより凄いが先行してしまう。
「キャッ!」
誰かが蹴ったボールが浮き上がり、傍を通過して行っただけだというのに地面にしゃがみ込む女子がいた。観戦してる男子からの「しっかりしろよー」という声に、「だって怖いんだもん!」と笑顔で返している。
あれもおそらく、ちょっとしたことで怖がる小動物みたいな私可愛いアピールなんだろう。本当に怖いならあんな笑顔は出来ない。
何も外面を偽るのは、舞鶴だけではないのだ。
「でも、あそこまであざといと、それはそれでイマイチだよね」
「同感だ」
その時、伊根町の方にボールが行った。彼女も頑張って敵陣へ向かって蹴ろうとするのだが、中々上手くいかない。
結局コートの外側へボールを出してしまった。
「気にすんなー!」
「がんばれー!」
伊根町はチームメイトの声に背中を押され、再びプレーに加わった。
「伊根町やっぱ可愛いな」
「ああ、あの無表情な所も逆に良いっていうか」
「運動音痴でも頑張ってる姿とか、見てて癒されるよな~」
今さっき伊根町を応援した男子達の会話である。伊根町がボールを追いかけて離れていくとすぐにそんなことを話し始めた。
彼らの言うことに異論はない。出来ないことでも本気でやる姿勢は、男女問わず素晴らしいものだ。
しかし、そんな彼らの会話を聞き不愉快そうに顔を歪めている集団があった。俺とメガネくんのすぐ傍に座っている、三人の女子グループである。
おそらく伊根町が褒められていることに嫉妬しているのだろう。俺も立也によくするので、気持ちは凄く分かった。
だが人間は顔だけじゃない、性格も大事だ。お前達も嫉妬ばかりしてないで、まずは自分を見直すことが大事だと思うぞ!
……ブーメランなのは自分が一番よく分かっている。
その後はメガネくんと朗らかに試合を眺めていると、あっという間に十分が過ぎ、試合が終わる。次は俺達の番だ。
「良いものが見れてやる気が出たよ」
「行くか」
俺とメガネくんが腰を上げる。二人して、うんと伸びをした。
前を見ると、伊根町がプレーを終え、コートを出てこちらの方へ向かって来ている。距離が近づき、「お疲れ」と、声をかけようとしたその時だった。
「あんま調子乗らないでよね」
伊根町に向かって冷たい一言が発せられた。
誰が言ったのか、声の元を辿ると、それはさっきの女子三人組であった。俺達はグラウンドの端っこの方にいるため、聞こえてるのは俺とメガネくん、そして伊根町ぐらいだろう。
「男子からちやほやされてさ」
「運動出来ないアピして男子の気を引くのがそんなに楽しい?」
「……別にそんなつもりは」
「黙って」
伊根町の発言はすぐ掻き消された。
「顔が良いからって生意気なのよ」
「いつも無表情で何を考えてるか分からないし。どうせあたし達を見下してるんでしょ?」
伊根町への非難は続く。三人の女子の口元は薄く歪んでいた。
「いつも天橋くんの傍で媚売ってさ。さっきは福知くんとも距離が近かったし」
隣では、メガネくんが不快そうに眉をへの字にしている。
「そうそう。他の子を近づけさせないよう必死で」
「これだからアバズレは。一体今までどれだかの男を食べて来たのかしら」
「味はどう? 美味しかった? 汚れた意地汚い淫乱女!」
ゲラゲラと伊根町を貶めるように女子三人は笑った。伊根町はただ俯き、黙っている。
笑い声は、治まらない。
…………。
「……なあ、メガネくん」
「うん?」
「顔も性格もブスな女ほど、救いようのない奴っていないよな」
「「!!」」
声のトーンを上げる。伊根町がはっと顔を上げ、女子三人も笑うのを止めこちらを見た。
メガネくんは驚いたような表情を浮かべたが、すぐに顔に笑みを浮かばせ、言葉を紡いだ。
「一人を囲んで、下品に罵倒するとかね」
二人顔を見合わせる。メガネくんにつられ、俺もにやりとした表情を浮かばせた。
「伊根町、お疲れ。後は俺達に任せろ」
言いそびれていた「お疲れ」を伊根町に告げる。スコアボードを確認すると、〇対一でうちが負けていた。
「一点差ぐらい、すぐ返してやるよ。行くぞ、メガネくん」
「ああ!」
さっとその場を立ち去った。ユニフォームを着用し、コートに整列する。
「礼!」
「「「よろしくお願いします!!」」」
さあ、試合を始めよう。
試合のハイライトを説明すると、俺が空振り、メガネくんのメガネが割れ、立也が女子から甲高い声援を受けていた。
サッカー部三人の力を持ってしても結果は二対三と、僅差で敗北を喫した。
……格好つけなければ良かったな。
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