第19話 メガネくん登場
月曜日の午後の授業は、体育が二時間連続で行われる。体育が終わればそのまま下校なので、勉強しなくて良いこの時間は、生徒達から人気があった。
サッカーが始まってからの体育は、毎回伊根町とペアを組んでいて、今日もまたいつもの様に彼女は小走りで俺の元へとやって来る。
てってってっ。
しかし今回は、彼女と練習出来ない事情があった。
「あー、すまん、伊根町。今日は久しぶりに立也とペア組みてえんだ。代わりに福知とやってくれねえ?」
「え?」
嘘である。立也とパスの練習をしても、あいつの上手さにイラッとするだけだ。
いつも立也のファンが、 ペア相手と練習する立也のことをうっとりとした目で見ているのを俺は知っている。
事実は、福知と伊根町の距離を近づける為だ。伊根町と話すと、俺はすぐ立也の方へ向かった。
「い、伊根町!マジよろ!」
「……よろしく」
福知と伊根町が無事ペアを組めたことを確認する。
「立也、やろうぜ」
「珍しいな」
「久しぶりにお前とやりたくなった」
「……怪しいな」
早速疑われる。俺も立也も、長年の付き合いが災いして、相手が嘘をついてるのかどうかすぐに分かってしまうのだ。
チラリと立也が福知と伊根町の方を見る。
「……そういうこと」
「さっさと始めるぞ」
立也にはバレても問題ないだろう。困るのは伊根町と、福知の想いを知らない奴らだけだ。
授業の最初に、三分程度行われるパスの練習を始めた。早速周りの女子が黄色い声を上げ始める。
「キャー、天橋くーん!!」
うるせえ。
「清水の相手するなんて優しいんだね!」
うるせえ。
「天橋×清水……ありかもしれない」
うる……何が?
今日のサッカーの予定は、最初にパスの練習、チーム決め、練習及び試合である。
チーム決めの時間では、正式なチームを作り一学期の残りを共にするチームメンバーを決める。
これまでの授業では、毎授業の途中、試合をする為だけにテキトーにチーム分けが行われて来た。
今回のチーム決めは授業の今後を左右すること。また、チームは男女混同で決められるということもあり、男子も女子も狙いの異性と一緒になろうと張り切っている。
男子は主に舞鶴と伊根町、女子はぶっち切りで立也を狙っていた。
スクールカーストトップ勢はやはり人気が高い。福知や、あのモブ田にだって、一定数の支持者が存在する。
天橋くんと一緒になるのよ!
舞鶴さんと距離を縮めるんだ!
僕は立也くんと……やりたい♂
今、それぞれの思惑が混じり合い、チーム決めが開始された。
「サッカー部、前に集まってくれ」
先生の言葉に従い、サッカー部のメンバーが前にざっと並ぶ。
「よし、じゃあまずじゃんけんをしてもらう」
体育は二クラス合同で行う。サッカー部は二クラス合わせて七人いた。
「それで三つのチームに分かれて、そっからはお前達でチーム分けを進めろ。チームのキャプテンは当然サッカー部がやれよ」
この高校の特徴である、自由の校風だ。サッカー部のメンバーだけは公平に分けて、残りのチームメイトは生徒の裁量に任せるということだろう。
じゃんけんが終わり、三チームに分かれる。それぞれ、A、B、Cとし、立也はAチームになった。
残りは、サッカー部以外の役六十四人だ。
「どう決める?」
「運動出来る奴から順に並べていけば良くね?」
「だな」
という訳で、具体的な基準もなく何となくで運動神経の良さそうな奴から並んでいく。男子と女子、それぞれに分かれて列を作った。
最後尾は、当たり前のように俺と伊根町が確保していた。
事実なので否定は出来ないが、運動神経順に並べていくとは中々にむごいことをする。
列の後ろの方は、やはりというべきかメガネをかけた生徒が多かった。
「僕と、位置交代しない?」
前のメガネくんが話しかけて来る。
「どうしてだ?」
「多分僕の方が下手だから……」
メガネくんの顔は体育の時間しか見たことが無いので、おそらく隣のクラスの子だ。これで同じクラスだったらかなり失礼だな。
「俺も下手だしどっこいどっこいだと思うぞ。一列変わった所であんま意味無いだろ」
「それもそうだね」
チーム分けが行われている間、のんびりとメガネくんと会話を交わす。
会話を楽しんでいた為、チラチラと伊根町がこちらを見ていたことには全く気づかなかった。
チーム分けが終わり、練習が始まる。
チームの内訳を説明すると、立也、舞鶴がAチーム。福知、モブ田がBチームで俺と伊根町がCチームだ。
メガネくんもCチームだった。
Cチーム弱くない?
と思ったが、サッカー部が唯一、三人いるチームなので調整する為にそうなったのだろう。
練習は、各チームに分かれてチームごとで内容を決める。
Cチームはまずシュート練習に移った。誰がシュートが上手いのか見極める為である。
勿論サッカー部がシュートをするのが一番だが、それでは体育が面白くないだろうということで、サッカー部はシュートを禁止されていた。
運動神経の良い人から一人ずつ蹴っていく。彼らはサッカー部でなくても、ある程度威力のあるシュートが打てている。
俺の番が回って来た。
タタタと走り出す。パス役からボールをパスしてもらい、そしてゴールめがけて思いっ切りシュートを放った。
ぶんっ。
勢い良く振られた脚は、しかしボールを捉えることはなかった。ボールはコロコロと転がり、俺はゴール前で立ち尽くす。
…………。
「どんまい!」
サッカー部の一人が、励ますように声をかけてくれた。他のチームメイトも、それに続くように励ましの声をかけてくれる。
「そんなこともあるよ!」
皆優しい。いつまでもここに居ても邪魔なので、さっとその場をどいた。次はメガネくんの番だ。
メガネくんがダッと駆け出す。パス役はそれに合わせるように上手くパスを出し、メガネくんの前へとボールが転がった。
メガネくんはそのボールを足で止め、いざシュートの態勢に入る。
ぶんっ。
メガネくんの力を込めて打ち出されたその脚は、しかしボールに掠りもしない。そのまま勢い余ってメガネくんは後ろへ転倒した。
どしんっ。
背中を強打する。
メガネくん!
…………。
「ど、どんまい」
先程俺を最初に励ましてくれたサッカー部の人が、同じようにメガネくんにも声をかける。そして、他のチームメイトも彼を励まそうと声をかけた。
「そ、そんなこともある……よ?」
そこは躊躇わずに言ってやれよ。
メガネくんは転んだ衝撃でメガネを落としていた。痛む背中を抑え立ち上がり、地面に落ちたメガネを視力の悪い目で探し始める。そして彼が一歩踏み出した時だった。
ガシャ。
メガネくん!
その後メガネくんは、スペアのメガネを取りに一旦教室へと戻って行った。
その後もシュート練習やパスの練習が続いて、体育の一時間目が終わる。補足しておくと、伊根町はシュート練習の際、ボールをトラップすることさえ失敗していた。
休み時間が終わり、サッカーの試合が始まる。
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