第18話 クッキー作戦成功

 月曜日。あまりにも重苦しいその響きは、全世界の人々を苦しめる。


 俺ももちろん、月曜日の朝は憂鬱だった。だがしかし今日の朝は、憂鬱というより不安の方が強い。


「行ってきます」


 制服に着替え、靴を履き家を出る。福知のクッキーが、上手く作れていると信じて学校へ自転車を漕いでいった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 昼休み。


 いよいよ福知の手作りクッキーを披露する時間が近づいて来た。朝、顔を合わせた時は任せとけと言わんばかりの笑顔でサムズアップしていたので大丈夫だと彼を信じている。


 だが舞鶴の「クッキー毒殺未遂事件」が尾を引き、俺の不安を完璧に取り除いてくれることは無かった。


 昼休みが始まり、各々が家から持って来た手作り弁当を食べ始める。モブ田だけが購買で購入したパンだ。


 まだ福知のクッキーを皆に見せる時間ではない。弁当を食べ終え、おやつが欲しくなって来た時間が狙い目だろう。


 それぞれが昼食を食べ終え、最後に超特大弁当を伊根町が食べ終えた所で、俺と福知は顔を見合わせた。互いにこくりと頷き合う。


「そ、そういえばさ。俺クッキー焼いて来たんだけど皆食べない? マジうめえから!」


 福知が鞄からクッキーを取り出し、遂にアピールをした。しかしいきなり自分で自分のクッキーを美味しいと言ってしまう所は減点だ。


「クッキー? 福知が作ったの?」


 それに反応を見せたのは予想通り伊根町。既に彼女の目は福知の手に収まるクッキーの入った袋に釘付けである。


 ピタリと動きを止め、じいっと獲物クッキーを見つめる姿は野生動物のそれだった。


「お、おう! 昨日、ひっさしぶりに食べたくなって」


 頭の後ろに手を当て、福知はあははと笑う。ふと舞鶴の方を見ると、なるほどという様子の顔を浮かべていた。


 土曜日の料理教室が誰を対象にして行われていたのか理解したらしい。その後何故か俺の方をじろりと睨んで来た。


 全く睨まれる理由に心当たりがないな。


「でも作り過ぎたから皆に分けようと思って持って来たんだ。伊根町も食うだろ?」

「うん」


 袋には多くのクッキーが詰め込まれており、福知は更にもう一つクッキーの詰め込まれた袋を取り出した。二つ目の方が袋が大きく、両方合わせたら百個ぐらいにはなりそうな量である。


 作り過ぎたという言い訳は流石に苦しくないだろうか。伊根町は気にせず食べ始めていたが。


 立也、モブ田、舞鶴はすぐに福知が何の為にクッキーを作って来たのかを察していた。当然だ、あれだけ分かり易い行動はそうない。


 サクサクサクサク。


 サクサクサクサク。


 サクサクサクサク。


 サクサクサクサク。


 いや伊根町さん、食べ過ぎじゃないですか?


 勢いが止まらない。袋からクッキーを取り出す手際は、目で追うのでやっとである。


 無表情のままクッキーを食べ続ける伊根町の姿は一種の狂気を孕んでいた。福知本人が幸せそうだったので問題はない。


 サクサクサ……


「……食べ過ぎた」

「もっと食べてくれてもいいぞ!」


 伊根町は我に返り自重した。福知の言葉を聞きすぐに食を再開していたが、先程までに比べると随分ゆっくりだった。


「俺も貰おうかな」


 立也も一つつまんだ。


「! うまいな」


 立也は驚いたような表情を浮かべていた。それもそうだろう。おそらく福知が料理出来るというイメージは無かったはずだ。


 家庭科の授業の時も、彼が活躍している姿を俺は見たことがない。


 え、俺?


 当然俺は仕事すら回ってこなかった。基本的に女子が作業を進めていて、人手が足りない時もそこそこ明るい雰囲気の男子が手伝っていた為、俺はぼーっと端の方で眺めているだけだったのを思い出す。


 一度手伝おうとしたが女子の反応はこうであった。


「私と彼の邪魔をしないでくれる?」


 後から知ったがどうやら彼女は明るい雰囲気の彼を好いていたらしい。それは確かに俺は邪魔者だな。


 まだ福知の方がしっかりやっていたと思う。舞鶴はどうやって料理実習を切り抜けていたのだろうか。


 袋から一つクッキーを取り出し、俺も貰うことにした。


 サクサク。


「!」


 確かに美味しい。予想は外れ、試作品よりも味が上がっていた。


 かなり頑張ったのだろう。はたまた、やはり愛が籠っているから美味しいのかもしれない。


 舞鶴も一つ食べていた。


「……美味しい」

「負けたな」

「うるさい」


 すいません。


 その時、ちょいちょいと福知が俺に手招きをしていることに気づく。すると彼は廊下を指差した。


 ……了解。


 心の中で了承し、福知よりも先に廊下へ出ておく。少しして、福知が「ちょっとトイレ」と言う声が聞こえて来た。


 数秒して福知が教室から出て来る。


「清水っち! 良い感じじゃない!?」

「ああ、そうだな。味も、思ってたより美味かった」

「マジ頑張った!」


 福知は喜びを全身で表している。


「この調子でいけばゴールも夢じゃないよな!?」

「多分」


 何度も言うが、その辺りは恋愛経験ゼロの俺には分からないので答えようがない。


「次の作戦も考えようぜ!」


 ノリノリだな。


「作戦か」


 少し考えてみる。伊根町をクッキーで釣るという作戦は成功した。他に思いつくこと言えば……


「福知の得意なことを見せたり、普段から一緒に行動して親密度を上げる、とかか?」

「得意なこと……」

「まあ何でも良いんじゃねえの」


 福知は逡巡した後に思いついたことを口にした。


「弓道、かな」

「え?」

「俺弓道部だし」

「マジ?」

「マジ」


 マジか。驚きすぎて福知の口癖が完全に移ってしまった。それはかなり意外だ、まるで予想がつかない。


「まあそれなら弓道の上手い所を見せれば良いと思うぞ。的と一緒に伊根町の心も射貫いちまえ」

「上手い!」

「だろ?」


 福知は中々ギャグが分かる奴らしい。


「でも弓道してる姿見せる機会なんてマジないんだけど……」

「だな。とりあえずそれは保留にして、さっきも言ったが、普段から一緒に行動してれば好感度は上がるんじゃないか?」


 体の距離は心の距離だ。福知は賛成するかのようにぶんぶんと首を縦に振った。


「とりあえず、お前達が一緒に過ごせる時間を作れるように俺も頑張るわ。まずは休み明けの体育だな」

「体育?」

「いつも俺が伊根町とボール蹴ってるからな……。福知は立也とペア組んでるんだろ? なら俺と福知が代れば良い感じになると思う」

「それだ!! マジグッドアイデア!!」


 こいついつも英語の前にマジ付けてるな。福知はマジを英語だと思っている説まで出て来た。


 そして昼休みが明け、体育の時間がやって来る。

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