第16話 クッキーの味は甘くて……
料理教室。料理が得意な人間が先生として、参加者達に料理を教える講座のことである。
今回の場合、俺は先生と呼べる程のプロではないし生徒も一人なので料理教室とは呼べないかもしれないが、良い言葉が他に見当たらなかったのでそう呼ばせてもらうことにした。
家庭科室のドアを、音を鳴らし入って来たのは福知だ。正午は少し過ぎているが急いで来たのだろう、息を切らしていた。
「はあ、はあ……遅れてマジごめん!」
「いや、このぐらい誤差だ。部活お疲れ様」
材料は既に用意を終えている。福知がエプロンに着替えたらすぐにでも作業に取り掛かれる状態だ。
「すぐ着替える」
福知はさっとエプロンを制服の上から着て、はためかないよう腰の後ろで紐を結んで固定した。三角頭巾は別にしなくても良いだろう。
そこまでガチガチにやるつもりもない。
「じゃあ始めるか」
「おっす、よろしくお願いします!!」
気合入ってるなこいつ。クッキーを作るだけなのでそこまで気合を込める必要もない。
込めるのは、気合じゃなくて愛にすべきだろう。
……ロマンティストか俺は。
「先に手順を説明するぞ。その後、手順の確認をしながら試作をする」
「おっけー!」
「用意するものはバター、砂糖、卵黄、薄力粉の四つだ」
机に置かれたそれらを、名前を呼ぶと同時に一つずつ指差していく。
「調理を始める前に下準備としていくつかすることを説明する。まずバターは室温に戻し柔らかくしておき、卵黄はラップをかけこれも同様、室温で放置だ。薄力粉は、調理がスムーズに進むよう、前もって数回ふるうことでかたまりを取り除いておく。最後に、オーブンに百八十度前後になるよう予熱を入れた所で下準備は終わりだ。今回はこれらの作業は既に俺が済ませておいたが、家では一人でしっかりやるように。ここまで良いか?」
黒板にチョークで書いておいた図を元に、流れるように説明していく。
「ちょっと待った……書けた!」
福知はしっかりメモを取っていた。
「下準備が終わればいよいよ調理開始だ。まずバターをボウルに入れ、砂糖を加えて白っぽくなるまで混ぜ合わせる。次に室温になった卵黄を加えて更に混ぜていき、しっかり混ぜ終えたら薄力粉を全部投入だ。粉を加えた後は、ゴムべらで縦に切るようにして混ぜていくと良いぞ。この辺りは口で説明しても分かり辛いかもしれねえから、実際に後で俺が披露する」
そこで一旦話を区切り、福知がメモを取り終えるのを待つ。
書き終えたことを確認し、説明を再開した。
「それが終われば、出来た生地をラップに包む。厚さを大体五ミリぐらいに麺棒で伸ばして冷蔵庫で一時間ちょい休ませる。休ませたら、型抜きをして、最後にオーブンで十二分ほど焼けば完成だ」
「なるほど」
「分量は試作しながら説明する。細かいことも試作中に。何か質問あるか?」
「マジナッシング」
すごい造語だな。最初意味が分からなかったぞ。
質問がないようなので早速試作に移ることとした。そこまで多く作るつもりもないので、大体クッキー四十枚程度を目安として調理に入ろう。
福知が、袖まくりをし、いざ試作を始め……
「あ、手は洗っておけよ」
ようとしていたがずっこけた。
料理の前に手を洗うのは、基本中の基本である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
オーブンから取り出す。そこにはサクッと焼き上がり、ほのかにバターの香りを漂わせるクッキーが並べられていた。
机の上に置き、様子を見てみたが、だれているものはなく、焦げてしまってる物も見当たらない。クッキーの厚さもしっかり揃えることが出来ていたようで、おかしな所は見受けられなかった。
「し、清水っち。これ、成功?」
「ああ。バタークッキーの試作は完璧だな」
「いえーーーい!!」
歓喜の声と共に福知が手を上げた。意図を察し、こちらも手を上げ、ハイタッチを交わす。
実際今回は最もオーソドックスな方法で調理し、工夫も何一つしなかったので失敗することは無いと踏んでいたが、成功したことで思ってた以上に安心してしまった。
初めての依頼ということで緊張していたのだろう。ほっと胸を撫で下ろす。
「これ食べていいの!?」
「そりゃ俺達が作ったもんだし構わねえだろ」
「そうだな、いただきまーす!」
福知は待ちきれないとばかりに熱さの残るクッキーを手に取り、ぱくりと口に放り込んだ。サクッサクッと気持ちの良い音を立てクッキーを味わっている。
「マジうめえええ」
「……」
俺も一つ貰おう。自分で作ったものというのは、心なしか味が良く感じるものだ。机に並べられたクッキーの内一つを親指と人差し指でつまみ、食す。
久しぶりの自作クッキーということもあり、とてつもなくおいしく感じられた。福知のように、すぐさま二つ目を頬張る。
やはりクッキーは簡単で美味い。また今度ココアクッキーなんかも作ってみよう。
「福知、今回教えたのは、数あるレシピの内の一つだけだ。クッキーの作り方は他にもいっぱいあるし、クッキー自体の種類だって多い。だがあまり気にせず、今日のクッキーを再現出来るよう明日は一人で頑張れよ」
「ラジャです、清水先生!!」
先生呼びは嬉しい。冗談とは言え、福知が認めてくれたような気がしたからだ。
月曜がどうなるかは分からないが、是非とも彼には頑張ってもらいたいものだ。
俺はこの次も予定があるので、彼には先に帰ってもらう。片付けなどしたがっていたが、この後も使うから必要ないと説明しておいた。
「今日はマジありがと! じゃあ清水っち、バイバイ!!」
「バイバイ」
福知はテンションが上がった状態で帰って行った。試作は成功し、美味しい物も食べることが出来たからだろう。
目に見えて彼の機嫌が良いことが理解出来た。
俺は彼を見送った後、ぼんやりと次の客を待つ。
そして。
「終わるの遅いわよ。もう四時よ」
「すまん、試作品食べる時間とか考えてなかった」
舞鶴彩が、不機嫌そうに家庭科室のドアを開け入って来た。
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