第15話 福知大和の恋愛相談

 とりあえず福知をソファに座らせ、お茶でもてなした。彼は部員の一人だが、今日は相談者として来ているのだ。


 彼は心を落ち着かせる為にお茶を飲んだ後、意を決して俺に告げてきた。


「俺は伊根町が好きだ!」

「知ってた」

「え!?」


 そんなに驚かれても困る。あそこまで分かりやすい態度を取られては気づかない方が難しい。


「どうして!?」

「お前、舞鶴が立也を好きなことぐらい分かるだろ? それと一緒だ」

「ああ……」


 納得していただけたようで何よりだ。


「で、今日はそのことで相談なんだけど……」

「恋愛相談だな」

「そ」


 今日の福知はいつものような元気がない。と、いうよりかは真面目な様子である。やはり彼も青春真っただ中にいるだけあって、恋愛には真剣なのだろう。


 てか最近の俺、恋愛相談してばっかりじゃない?


「どうしたら伊根町と付き合えると思う?」

「どうしたらって……」


 それが分かるなら、俺の彼女いない歴と年齢はイコールではないはずだ。


 しかし相談客の悩みには全力で解決にあたるのがこの部の目的である。分からないと投げ出すことはしない。


「とりあえず、モテる男の秘訣とか、そういう記事を漁れば何かヒントが見つかるんじゃねえか?」


 既に他人任せなので投げ出しているのと変わりない。


「う~ん。伊根町は普通の女の子とは好みが違いそうじゃん」

「そこは同感だ」


 伊根町はどこかずれている。そこが彼女の魅力なのかもしれないが、それと同時に彼女が好みそうな男のタイプがまるで読めない。


 立也にすら惚れていないのだ。表情もあまり変化がなく、基本誰と居る時でも平常運転である。


 彼女が誰かを好きになるというシチュエーションがまず想像出来ない。あれ、これ無理ゲーじゃね?


「マジどうしよう」

「……」


 弱気だな。普段の明るい態度からは想像もつかない。悩み事とは無縁の場所で生きてそうな人物にだって、やはり悩みはあるものらしい。


 福知は頭を抱えていた。


 何か案がないかと思案する。伊根町の日常を頭に浮かべ、思い当たったことを口に出した。


「……胃袋を掴む、とか」

「グロくない!?」

「物理的にじゃねえよ」


 怖すぎだろ。福知にも分かるよう説明を始めた。


「あいつ飯食べるの好きだろ? だから料理上手い奴に惹かれる可能性は高いと思う。男が家事する時代が来たとも言われてるしな。そこでお前が美味いもん持ってって伊根町の気を引くんだよ」

「それマジ賛成!」


 部室に置かれた棚には、お菓子がこれでもかというほどある。


 ディスティニーランドの一件があってから、こいつらとは昼休みを共にすることが多くなったが伊根町の弁当はやはり量が多かった。


 福知の元気が戻りつつあったが、しかしすぐにまたしゅんと落ち込んだ。


「でも俺料理なんてしたことないんだけど……」

「これから努力して行くしかねえな。俺が教える」


 疑われるかもしれないが、俺は料理が出来る方だと自負している。福知に教えられる自信はあった。


 何せもう生涯独身を貫くことを覚悟しているのだ。来る独り身生活に備えて、料理の腕を磨くことは何もおかしくない。


「清水っちって料理出来んの!? マジ意外!!」

「だろ。まずは一つ品を決めて、それの練習をしてくか。学校に持って来やすくてお手軽なもんだと……定番だがクッキーとかだな」


 クッキーは嫌いな人が少なく、材料の用意も簡単で、手間もそれほどかからない。初心者の料理入門にはちょうどいいだろう。


 料理というよりかはお菓子作りだが、学校に持って行くということを考えればお菓子の方が都合がいい。


 かくして翌日、その日が土曜日で休日ということもあり、料理教室が行われることとなった。


 ……こういうのって男女でするから面白いんじゃねえの?



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 福知の相談が終わり、今日の部活動が終了。学校の帰りにクッキーの材料を買っておいた。


 今は既に夕食や風呂を済ませ、ベッドに寝転がりのんべんだらりと過ごしていた。その時である。


 ピロンッ。


 普段何も反応のないスマホが、珍しく音を鳴らした。見てみると、それは舞鶴からのWINEだった。


 ――あんたどうせ明日も暇でしょ?

   久しぶりに恋愛相談するわよ


 完全に俺に予定がないものだと決めつけられている。一応土曜日は普段から部活動を行う日なのだが、舞鶴にとっては無いことになっているらしい。


 ――先約がある

   お前の相手は出来ねえ


 偽りなく、事実を送る。


 ――何の用事?


 ――料理教室


 ――もしかして部活で?


 ――そうだな


 こいつ既読つくの早えな。WINEは滅多にしないが、こんなにさっさと会話するものなのだろうか。


 ――誰からの依頼?


 ――申し訳ございません。

   プライバシーの侵害になるため、お教えすることは出来ません。


 一応、相談客の情報を部外には漏らさないようにすることは部活のルールとしている。


 ――イラっとする言い方だけど分かったわ


 納得してもらえたようで何よりだ。だがWINEは続く。


 ――あんたって料理上手いの?


 ――自身はある


 ――料理教室はいつやるの?


 ――正午から三時ぐらいまでの予定だ。


 ――どこで?


 ――学校の家庭科室借りた。


 ――何作るの?


 ――クッキー


 ――料理というかお菓子じゃない


 ――お菓子だな


 午前に福知が正規で所属する部活がある為、出来るのはそのぐらいの時間からになる。


 場所も、学校に施設があるのなら、わざわざ別の場所でやる必要はないだろう。


 料理研究部が土曜日は休みで良かった。初めは料理研究部の協力を仰ごうかとも考えたが、自分の力で出来ることはなるべく周りに頼らないことにしたからだ。


 頼ってばかりでは、いつまで経っても成長できない。


 クッキーを作るには二時間もあれば十分だ。

 今回は、手順を教えて試作品を作るだけなので片付けを含めても三時間もわれば終わるだろうと思い、三時頃に終わるのではと予想した。


 本番用のクッキーは、福知が日曜日に家で作って来る予定だ。


 本番用まで俺が手助けしてしまっては、それは福知大和の作ったクッキーとは呼べない気がする。


 あまり詳しい事情は伏せ、簡潔に舞鶴の質問に返答していると思わぬメッセージが彼女から届く。


 ――私にも教えて


 これは予想外だ。


 少し悩んだ後に、ぽつりとメッセ―ジを送る。


 ――なら、明日一緒にクッキー作る奴に確認取ってみる

   許可出たらお前も一緒にやっていいぞ


 福知に断られたらその時はその時だ。


 ――嫌


 お前が断るの?


 ――その料理教室が終わった後に教えて


 我儘言うんじゃありません。


 とりあえず、明日の予定を考えるが、考えるまでもなく料理教室後はフリーだった。


 舞鶴に教える時間は十分に取れそうだ。


 ――まあ良いぞ

   お前って料理苦手だったんだな


 ――別に苦手って訳じゃないし


 ――じゃあする必要なくね?


 ――ただ天橋くんの好みの味が知りたいだけだし

   一応よ


 ――そういうことなら見てるだけで良いか?

   試食さえすれば役割果たせるだろ


 実際、福知に教えて舞鶴にも教えてでは、手間がかかる。舞鶴の目的を考慮するなら、何も作ることに協力する必要はないだろう


 そこで返信が一旦途絶え、不自然な間が生まれる。


 ――それで良いわよ


 少しして、一言だけピロンとメッセージが送られてきた。

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