第9話 スバラッシイ・マウンテン

「なっ……!」

「いえーい、リツにも勝ったー!」


 続いての試合が終わり、勝敗の画面では立也が最下位になっていた。一位は俺なので、名誉挽回が出来たと信じたい。


「これは、カズが俺をしつこく狙って来たから負けただけで……」

 先程の俺と同様、立也は顔を赤くして言い訳をしている。


「リツ~……見苦しいよ?」

「うわあああ」


 俺を笑った罰だ。精々苦しむが良い。


 その後は俺と立也の蹴落とし合いになり、愛は二位をキープ出来ていた。俺たちの仲間割れが原因とはいえ、一週間最下位だったにも関わらず、ずっとスマブラをし続けた愛の努力もあるのだろう。


 そうだ、あいつは諦めたことなんて一度も無かったっけ。



 ********


 スバラッシイ・マウンテン。スゲーッス・マウンテンと同じ人気マウンテンシリーズの内の一つである。


 このアトラクションもジェットコースターであり、クライマックスの急降下地点ではレール周りに存在する水がしぶきとなって跳ね、乗客達の服や体を濡らす。


 その瞬間はカメラによって撮影され、スバラッシイジャン・フォトという所で写真を貰うことが出来る。毎度のことながらこのネーミングセンスはどうにかならないのだろうか。


 そんな人気アトラクションの前まで俺達はやって来た。今までのアトラクション同様、しっかりと長蛇の列が出来ている。平日でもこの人気、流石はディスティニーランドといった所である。


「今日は思ったよりも混んでるな」

「並んでばっかりでマジぱねえ」

「確かに少し疲れたな」


 列に並んでいる間はずっと棒立ちの為、足にもくるが精神的にもくる。皆楽しんではいるが、疲労の色も見え始めていた。


「文句を言っても仕方ない、並ぼうか」


 立也の声に賛同し、全員で並ぼうとした時だった。列の前の方に見慣れた三人組を発見する。それは舞鶴も同じだったようだ。


「ねえ、あの三人」

「さっきのナンパトリオだな」


 そう、ついさっき舞鶴をナンパしようとした大学生三人組だ。ナンパに失敗したことでダメージを受けたのだろうか、心なし背中が小さく見えた。


「ふ~ん」

 舞鶴は立也や他の面子から見えない位置で、にやりと笑みを作った。悪役にしか見えない。


「みんな、ちょっと待ってて」


 俺達にそう声をかけると、舞鶴は彼らの方へ行ってしまう。何か話し始め、一分もしない内にこちらへ戻って来た。


「あの人達、私の知り合いなんだー。今許可もらったから、あそこに並ばない?」

 ちらりと大学生達を見ると青ざめた表情でブルブル震えていた。反対に舞鶴はにっこり笑顔である。


 ……何があったのか。


「なら、彼らに甘えようか」


 普段ならば列を抜かすことなどしない立也が、腕時計を確認し、舞鶴の提案に同意する。スマホで時間を見てみると、彼が賛成した理由が俺にも分かった。


 理由というより、原因かもしれない。

 他に気にする人間も居なかった為、俺達は大学生の所まで歩いて向かった。


「でもほんと偶然だねー。こんなとこで会うなんて」

「は、ははっ。そうだね」

「そっか、みんな大学生だから平日でも時間に空きがあるんだー」

「そ、そうなんだ。君達の方こそどうして今日ここにいるんだい? 制服を着てるってことは、学校には行ってたみたいだけど……」

「今日はテスト最終日で、午前中だけだったんだー」

「へ、へえー」


 もうやめて! 舞鶴さん! とっくに大学生達のライフはゼロよ!


 鬼畜の所業である。彼らが舞鶴をナンパした際、彼女が見せた怒りの効果は絶大だった。それが尾を引き、今の状況が生まれている。


 それを除いたとしても、ナンパしてきた相手を、断っておきながら笑顔で利用しようとする彼女は悪魔だ。


 あの笑顔の裏は何を思っているのだろうか。少なくとも良からぬことであるのは間違いないだろう。


「ちょっと、君」

 大学生の一人が小声で俺に話しかけてくる。


「はあ、何すか?」

「彼女一体何なの!? 怖いんだけど!!」

「異論はないっす」


 しかしこうなったのは彼らの自業自得なので擁護するつもりもない。


「それから、彼女の名前教えてくんない? この先ぼろが出るかもしれない」

「舞鶴彩っす」


 それを聞くと、すぐさま彼らでその情報を共有していた。何かぼろを出し、後で舞鶴に詰められるのが嫌なのだろう。


 というかこいつら、さっきのナンパの時、舞鶴の名前を一度聞いているはずなんだがもう忘れたのか?


 立也、福知、モブ田が持ち前のコミュ力で大学生達と会話を続ける。この辺りは俺には真似できない芸当なので、純粋に尊敬した。


「君達、名前は何て言うの?」

「俺達の名前は……」


 そこで自己紹介タイムが入る。ナンパトリオも自己紹介をしたが、あまり頭に入ってこなかった。


「福知大和っす!」

「天橋立也です」

「寺田勝男です」

「伊根町美海」

「清水和夫だ」

「みうちゃんって言うんだー。かわいいね」

「それじゃ、男がほっとかないでしょー」

「どう、このアトラクションは俺の隣に乗らない?」


 完全に男勢のことはスルーである。こんな状況でもナンパ魂を見せていく所は流石世界一チャラい人種、ダイガクセイだ。


 しかしすぐに舞鶴が彼らに睨みを利かせた為、その場は治まる。福知や立也は、彼らの発言を冗談だと思ったようで笑っていた。


「次余計なこと言ったら分かってる?」

 ぼそりと呟く舞鶴の声が聞こえてしまう。


 大学生達はびくんと体を跳ねさせ、その後は本当に大人していた。


 これは怖い。



 そろそろアトラクションに乗る順番が近づいてきたという所で、再び舞鶴と練った計画を実行に移そうとする。スバラッシイ・マウンテンではクライマックスの瞬間を写真に撮ることが出来る。


 その為、舞鶴はイッツ・ア・スモークワールドが終わった直後に、何としてもスバラッシイ・マウンテンで一緒に乗りたいと言ってきた。


 イッツ・ア・スモークワールドの時もどうしても乗りたいと言っていたので、結局全部乗りたいらしい。


「作戦開始よ」

「おう」


 だがそこで、嬉しい誤算が起きた。


「あや、そういえば数学のテストはどうだったんだ? 勉強会の時は結構出来ていたけど」

「え、あ、うん」


 立也が、大学生三人との会話を福知とモブ田に任せ、舞鶴に自ら話しかけに来たのだ。


「いつもより出来た!」


 舞鶴は出鼻を挫かれ一瞬狼狽えるも、ラッキーとばかりに意気揚々と話し始める。後は俺が伊根町を止めて置くだけだ。


 と思った所で、更に嬉しい誤算は重なった。


「清水」

「ん?」

「これ、いる?」


 何と伊根町までもが俺に話しかけて来たのだ。いくら何でも出来過ぎだ。


 彼女が手に持っている物は、棒のように長細い、クリーム入りのパイだった。別行動した時に、彼女が二本買ってきた内の一つである。


「良いのか、貰って」

「ポップコーンのお礼」


 なるほど、そういうことか。


「なら貰おうかな」

「ん」


 伊根町は、パイを手渡ししてくる。持つ部分は紙で覆われており、その面積は少し広めであったが、微かに手が触れてしまった。


 ひんやりとした感触が、童貞の胸をドキリとさせた。


「ありがとな」

「うん」


 相変わらずの変化のない表情だが、どこか楽しそうに見える。不思議な感覚だ。


「何か、ついてる?」

「あ、いや、大丈夫だぞ」


 いけない。つい顔をじっと見てしまっていた。慌てて目を逸らす。


「伊根町はスバラッシイ・マウンテンは平気なんだよな? スゲーッス・マウンテンは暗いから怖いって言ってたし」


 恥ずかしさを誤魔化す為、思いついた話題を振った。伊根町はいつもと変わらぬ様子で答えてくれる。


「うん、平気。寧ろ楽しみ」

「へえ、ジェットコースター自体は好きなのか?」

「好き。がーってなるのが楽しい」

「がー?」


 アヒルさんかな?


 よく分からないが、おそらくジェットコースターが急降下する時の擬音語なのではと予想する。


「清水は好き?」

「それなりにな」


 そこで貰ったパイを一口食べる。よく考えたら、アトラクションが始まるまでに食べきらなければまずい。ポップコーンのようにケースに入っている訳ではないからだ。


 その後は伊根町と会話をしつつ、何とかパイを食べ終え、伊根町と隣同士でコースターに座った。前列では舞鶴と立也がまたもや隣同士なので、今度こそ完璧に計画は上手くいったのではなかろうか。


 俺と舞鶴は何もしていないが、結果が良ければそれで良いのだ。


 ボートが動き始める。横を見ると、そこには一人悲しげに立つモブ田の姿があった。スバラッシイ・マウンテンは八人乗りなので、大学生を含め九人居る現状では一人余ることになってしまう。


 彼の視線の先には立也と楽しげに微笑む舞鶴の姿がある。本当にいたたまれない。


 スバラッシイ・マウンテンに濡らされる前から、俺の頬は涙で濡れそうになってしまった。



 スバラッシイ・マウンテンが終わる。大学生達と別れ、今はスバラッシイジャン・フォトで現像された写真を受け取っている所だ。


 俺達の次のボートで、カメラに撮られる瞬間に一人ピースを決めたモブ田に心の中で敬礼をした。以後彼のことを忘れることはないであろう。


 皆がそれぞれの表情で写っている写真を見る。舞鶴の顔が完全に立也の方を向いており、不覚にも吹き出してしまった。舞鶴の方を窺うと、彼女は頬を赤く染めていた。


 今のように普段からしおらしければ、こいつも可愛いのだが。


 そんなことを考えながら、写真の中にいる俺を見ると、その目はぱっちり瞑られていた。


「清水、怖かったの?」

「まばたきしてただけだ」


 断じて怖かった訳ではない。


 質問してくる伊根町に返答したが、自分でも言い訳にしか聞こえない。


「そっか」


 伊根町から返って来たのは素っ気ない返事だった。とはいってもいつも素っ気ないので、信じてもらえているのか疑われているのかは分からない。


 写真を眺めるのもほどほどに、スバラッシイジャン・フォトを出る。


「あれ、俺の写真は?」


 出る瞬間誰かが何かを言った気がするが、きっと気のせいである。



 スバラッシイ・マウンテンから次の目的地へ向かう道中。


「立也」

「どうした?」


 立也に話しかける。


「……こういうの久しぶりだが、案外楽しかった」

「……そうか、なら良かった」


 素直な感想を述べる。人との関わりを避けてきた俺にとって、今日のように遊んだことは随分無かった。


「良い奴らだろ?」

「そうだな。知らなかった」


 やはり、一度関わってみなければその人の本質など分からないものだ。どこかで彼らをいつも騒がしい連中だと馬鹿にしていたことを、反省する。


 いや、今なら分かる。馬鹿にしていたのではなく、きっと羨ましかったのだ。


「覚悟は決まったか?」

「ああ」

 立也の問いに頷く。


 いよいよその時はやって来た。


 一歩踏み出す。向かう先には、ツンデレラ城を背後に存在感を放つ観覧車。足を進めるたびに、距離が近づいてきた。


 息をごくりと飲む。


 現在時刻、午後五時。

 遂に、運命の時間はやって来た。

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