第8話 イッツ・ア・スモークワールド
「どうして勝てないのよ」
「そりゃ愛が下手だからだろ」
「うるさい!」
大乱闘スマートブラザーズ。日本のゲーム会社が開発したゲームだが、その人気は海外でも白熱している。
俺と立也も持っていた。しかし愛はそもそもハードごと持っておらず、俺と立也に比べると上手く操作出来ていない。
そうして舐めてかかっていたのだが、ちょっとした事故で俺が一番最初にやられてしまう。
「やった!」
その後ものの数秒で愛は立也にやられたが、その顔は輝きに満ちていた。
「ようやくカズに勝ったー!」
「い、今のは偶々だろ!それに三人で戦うんじゃなくて、一対一なら絶対負けねえし」
初心者に負けたという羞恥と悔しさで顔を赤くして言い訳する。
「カズ~……見苦しいよ?」
「くそおおお」
立也は隣で腹を抱えて笑っている。愛よりも、立也に対して腹が立った。
「もう一戦だ!」
********
「ねえ」
舞鶴が口を俺の耳に近づけ小声で話しかけてくる。
袖をくいくいと引かれたので、意図する所を察し、皆の後ろへ下がった。
「どうした?」
「協力して欲しいの」
「……立也のことか?」
「そ」
舞鶴はモブ田と喋る立也を見て、視線をそのままに話を続ける。
「私、次のイッツ・ア・スモークワールドでは天橋くんの隣に乗りたいの」
今俺達はドゥーンパークを離れ、近くにある次のアトラクションへと向かっていた。イッツ・ア・スモークワールドとはそのアトラクションの名前である。
「でも確かそれ、一席に三人まで座れた気がするんだが」
「そこは三人は窮屈だとか言って切り抜けるのよ」
「おう」
「さっきのスゲーッス・マウンテンでは一緒に乗れなかったし」
「残念だったな」
「いつもなら男子が三人で乗って、私とみうが二人で乗るんだけど、今回はあんたがいるじゃない? これを逃す手はないわ」
「そうか」
「……なんかさっきからテキトーじゃない?」
舞鶴が、視線を立也から俺へと戻す。
「正直お前と立也のこと忘れてた」
ガッ。
「~~~~!」
思いっ切り足を踏まれてしまった。声を出さないよう堪える。どちらかというと、足よりも舞鶴の刺すような視線の方が痛かった。
「とにかくそういうことだから、あんたはみうと一緒に乗って」
「……どういうことだ?」
いきなり話が飛んだ。
「私は天橋くんの隣に座りたい。でもこのままだと、いつも通り私とみうが二人で乗ることになる。そこであんたが、あんたとみうが一緒に乗れるような流れを作ってくれればオーケーってわけ。分かる?」
「…………」
舞鶴の言葉をそのまま返そう。なんかテキトーじゃない?
それは要は、俺と伊根町が一緒に座れば、舞鶴はフリーになる為、立也の隣を確保することが出来るということだろう。
しかしまるで方法が思いつかない。どうすれば伊根町と俺が二人で乗る流れを作れるのか。
先程のスゲーッス・マウンテンの時は俺の家族がいたから順番がぐちゃぐちゃになって、結果伊根町と二人で乗ったが、今回は話が違う。
「とにかくよろしく」
そう言い残して去っていこうとする舞鶴に、ただ溜息をつくことしか出来ない。だがふと気になった、本題とは全く関係の無い質問をしてみた。
「なあ一つ良いか?」
「何?」
「さっきの話だと、普段、一席三人乗りの時は男子と女子で分かれるんだろ? じゃあ二人乗りだとどうしてるんだ?」
「寺田が一人で最後に座る」
モブ田……。
俺がモブ田を憐れんでいる間に、舞鶴は立也の隣へととことこ寄っていった。
「はぁ……どうすっかな」
ちらりと伊根町の方を見る。
彼女は福知と話をしていた。福知が一生懸命に喋って、伊根町が素っ気なく返す形だ。何となく福知を応援してしまう。
福知、頑張れ。
イッツ・ア・スモークワールド。施設内は、その名の通り煙のようなものに包まれていて周囲を見通し辛い。
しかしアトラクションでは、一時的にだがいくつも煙が晴れる箇所があり、晴れている間はその場所にいるキャラクターの姿がはっきり見えるのだ。
晴れる範囲は小さく、その範囲も、晴れるかどうかは完全にランダムである為、アトラクションの乗客は忙しなく煙の晴れる場所を探す必要がある。
それはまるで宝探しをしているような気分に陥り、童心をくすぐられてしまうのだ。先程も言ったがランダム性もある為、何度乗っても楽しいのがこのアトラクションの特徴だ。
アトラクションのテーマソングも有名なもので心に残っている人間も多いのではないだろうか。
世界中どこだって笑いあり涙あり
みんなそれぞれ助け合う煙の世界
さて、そんな煙の世界で舞鶴は今、彼女の望み通り立也の隣に座れている。少し違う所は伊根町の隣には福知が座っており、俺の隣にはモブ田がいる所だ。
あれから福知は伊根町と会話を途切れさせることなく、遂に伊根町の隣に座る権利を勝ち取っていた。そのため計画は無駄になったが、舞鶴の目標は達成出来たので良しとしていいはずだ。
しかし何故か舞鶴は不服そうな顔を一瞬見せた。すぐに立也とノリノリで話し始めていたので、あれは俺の見間違いだったのだと思うが。
見通しのきかないこの場所では、真相は分からない。文字通り煙に巻かれてしまったようだ。
モブ田は立也の隣に座る舞鶴の後ろ姿を惜しむような表情で眺めている。だいたいこいつらの恋愛関係が俺にも分かってきた所でアトラクションは始まった。
モブ田、舞鶴、立也の関係はドロドロしたものになりそうなので、いっそドロンと煙に紛れて消えてくれないだろうか。
「何かここ寒くないか?」
「……気のせいだろ」
モブ田の発言を軽く流し、前の席に座る伊根町と福知を眺める。伊根町は無表情のまま背景を見回しアトラクションを満喫していた。
それ以上に隣の福知が満足そうにしていたのは言うまでもないことだろう。
イッツ・ア・スモークワールドを終え、一息ついた所で立也と福知、モブ田が男子トイレへ行きたいと言い出した。俺もドリンクを買いたかったのでちょうど良いと、一旦それぞれ別行動を取ることにする。
男子三人はトイレ、俺はドリンクを買いにトイレと反対側へ足を運ぶ。伊根町がパイを買うため俺と同じ方向へとやって来て、特にやりたいことの無かった舞鶴は、集合場所の目印にと一人待っていることになった。
「二百十円になります」
遊園地内ということもあり、高い値段のドリンクを買いさっさと舞鶴の所へ戻る。するとその僅かな時間の間に、舞鶴はナンパを受けていた。
「ねえ、君どこから来たの?」
「かわいいね」
「あ、俺この制服知ってる」
流石は顔だけは一流の舞鶴である。見た所、大学生ぐらいの男三人に絡まれているようだ。
「すいません、私友達と来ているので……」
「どうせ女の子の友達でしょ? 俺達と一緒に回らない?」
舞鶴は笑顔こそ崩さなかったが、迷惑がっているのは遠目に見ても分かった。ナンパしている男達はテンションが上がっているせいかそのことに気づいていない。
「いえ、男の友達もいます……」
「そうなんだ、でも付き合ってるとかじゃないんでしょ?」
「それは、まあ」
「じゃあ良いじゃん。偶には新しい出会いに身を委ねてみたらどうだい?」
「いえ、間に合ってます」
さて俺はどうするべきか。ここで助けに入るのがモテる男なのかもしれない。しかしそれが出来ないからこそ今の俺がいるのだ。
「そんなこと言わないでよ。今日一日だけの淡いフラッシュメモリーを作ろうじゃないか」
それに中々舞鶴が困っている姿を見るのは愉快な所があ……
その時舞鶴と目が合った。瞬間、ほっとしたような表情を彼女は見せる。
……まあ何だかんだ言っても知り合いだ。助けてやるのが筋というものだろう。
「よ、舞鶴。待たせて悪かったな」
「清水、遅い」
彼らに割り込むようにして舞鶴の前に出る。
「こいつらお前の知り合い?」
「全然」
「そうか。もうすぐ皆も来るだろうから次に行く所を決めとかねえか」
「賛成」
そこまで会話した所で彼らの方へ振り返る。
「てな訳なんで、お引き取り願えますか?」
鬱陶しいから早く去れというメッセージを込め、彼らに向かって言う。だが彼らの反応は少し予想したものとは違っていた。
「舞鶴ちゃんっていうんだね」
「こんな陰気そうな奴よりさ、俺らと居る方が絶対楽しいって」
「そうそう、彼は全然舞鶴ちゃんと釣り合ってないよ」
「…………」
こいつらどこまで能天気なんだ。いい加減舞鶴が嫌がっているのを察しろよと初めて舞鶴に同情した。
「私とこいつに雲泥の差があるってのは同感なんですけど~」
おい舞鶴。俺の同情を返せ。
こんな状況でも相変わらずな舞鶴に苛立ったが、次の彼女の言葉に面食らってしまう。
「あんまり清水を馬鹿にするとキレますよ?」
「!」
いきなり雰囲気の変わった舞鶴に大学生三人組は驚いていたがそれ以上に俺が驚いた。
色々思う所はあるがまず、どうしても言いたいことを言わせてほしい。じゃあ何でお前は俺をウジ虫とか言うんだ。
俺の困惑を他所に、舞鶴の剣呑さは増していく。その空気に呑まれ、三馬鹿トリオは「ひえええ」と声を上げながら去っていった。
「お前、急にどうしたんだ?」
「別に何でもないわよ」
「何でもないって……少なくともお前は俺の為に怒るような奴とは違うと思うんだが」
「よく分かってるじゃない」
「いや、よく分かってないから質問してんだよ」
その時、伊根町が少し離れた所でこちらを見つめていることに気づく。俺と目が合うと伊根町はマイペースにこちらへ歩いてきた。
「あやは清水と仲良かったんだ」
伊根町は、あまり変化のない表情で言葉を発する。
「べ、別に仲良くなんてないよ!?」
「でもあや、清水と素で話してた」
「う、それは……」
ぐっと言葉につまる舞鶴。今の会話を聞くに、どうやら伊根町は舞鶴の裏の顔を知っているようだ。
「と、とにかく清水とは何もないから、心配しないで?」
舞鶴さん、心配って何の心配っすか。俺と仲良くなることは心配されるぐらい深刻な汚点なんでしょうか。
「良かった」
伊根町の良かったという返しが俺の不安を駆り立てる。俺ってそんなに気持ち悪がられてるの?
彼女達の真意が掴めないで戸惑っていると、立也達が戻って来る。
「悪い、少しトイレが混んでて遅れた」
本当だ。
舞鶴も俺じゃなくて立也が助けた方が喜んだであろうに。だが終わったことを言っても仕方がない。
俺達は、次のアトラクション、スバラッシイ・マウンテンを目指し出発した。
現在午後四時。
この遊園地巡りを楽しんでいられる、残り時間はもうあと僅かだ。
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