第6話 スゲーッス・マウンテン

「終わった……」


 どうすることも出来ず、空を仰ぐ。憎らしいほどに青い空は、決して俺の心まで晴らしてくれやしない。


「リツにいいい!」


 美弥は一目散に立也の方へ駆け出して行った。


「リツにいいい!」


 うるせえ。


「美弥ちゃん……」

 立也も苦笑し、駆けよって来る美弥を抱きとめた。


 身長差のおかげで微笑ましく映るが、年齢差を考えると立也ファンクラブが発狂しそうな光景だ。


「私も挨拶に行こうかしら」

 マイペースな母さんが、のんびりと歩いて彼らの方へ向かう。こうなっては仕方がない。


「み、美弥? ママ? どこに行ったんだ? 和夫はいるんだよな!? お、目が回復してきたぞ」

「…………」


 漸く目の回復が始まった親父を尻目に、俺も立也の方へ行くことにした。一歩踏み出した所で、ポチャリの入ったペットボトルのキャップを閉め忘れていたことに気づく。


「あ」

「ぎゃああああ」


 歩き始めた瞬間ポチャリが飛び散り、うずくまっていた親父の目に再び雨を撒き散らした。周囲から悲惨な目を向けられている親父を後に、俺はそそくさとその場を離れた。


 ……後で謝ろう。



「皆さんこんにちは。和夫の母の詩織です」

「お久しぶりです、詩織さん」

「こ、こんちはっす」


 母さんの挨拶に立也と、そして戸惑いながらも福知が挨拶を返した。後に続き残りのメンバーも挨拶を返す。


「「「こんにちは」」」


 美弥は既に立也から離れており、挨拶を済ませていた。残るは親父だけだが、あの様なので後になるだろう。


「よ、よう」


 き、気まずい。これは心にくる。「よう」などと言葉をかけているが、その実、福知とモブ田とは一度話したことがあるかどうかレベルだ。


 立也も涼しげな顔を浮かべているが、額に汗が滲んでいる。


「清水くんもディスティニーランドに来てたんだー。家族で来るなんて、仲が良いんだね!」


 しかしここで意外な動きを見せたのが舞鶴だ。あの偽りの笑顔で明るく話しかけてくる。


「ああ。そっちはテストが終わった記念か?」

「そんなところー。ね、みう」

「うん」


 この状況ですべきことは何か。それは俺がクラスでぼっちであることを家族に悟られないことである。


 普通クラスメイトならば、親しくはなかったとしても会話ぐらいはある。ここで俺たちが気まずそうにしてしまえば、「もしかしてこの子……」と家族に勘ぐられることになりかねない。


 ぼっちには自ら進んでなっているが、家族に知られるのだけはごめんだ。分かるだろ!?


 福知も空気を読み、仲の良さそうな演技をしてくれた。


「清水っちはテストどうだった!?」

「清水っち?」

 だが空回っている。


 そんな、たらこっちみたいなあだ名で急に呼ばれても戸惑う。


 思わず聞き返してしまったが、何事も無かったかのように振舞うことにした。


「個人的には出来た方だな」

「マジ!? 俺は全然だったのに……」

「俺も今回はそこそこ出来た方かな」

 ここで立也が話に割り込んでくる。


「天橋は、いつも成績良い」

 伊根町も参加し、何とか会話を持たせられそうだ。


「そうでもないさ。毎回順位をチェックしてるけど、しみ……カ、ズの順位には勝てないから」


 おい立也、いきなりぼろを出すのは止めろ。この場において、清水とカズ、どちらの呼び方にするのか悩むのは分かる。だが、しみかずとか最早俺ですらない誰かだ。


 それでも誤魔化せたらしく、会話は継続される。


「え、清水っちってそんなに頭良いの!? マジリスポンド」

「反応されても困る」

「え?」


 福知の英語力はやばいらしい。


「皆さん、良い人そうで良かったわ」

 母さん、今の会話でどこに良い人要素があったの?


「この子ずっと家に一人でいるから、友達がいないんじゃないかって心配で心配で……」

「そ、そんなことないっすよ! いつも一緒に楽しく遊んでます! な、清水」

「あ、ああ」


 福知が取り繕うように俺の肩に腕を回し、明るく振舞う。


「? 私たちと清水が遊んだことなんて一度も……」

「みうストップ!」

「?」


 ボロを出しそうになった伊根町を、舞鶴が小声で止める。


「清水くん、そのポップコーン少し貰える? 私お腹が空いちゃって……」

 唐突な舞鶴の要求に怪訝な顔を浮かべた。


「お願い、清水」

 とりあえず首から下げていたケースごとポップコーンを、舞鶴へ手渡す。


「みう、一緒に食べよ」

「ん……おいしい」


 なるほど、餌付けか。


「俺も貰っていいか?」


 立也、キャラメル味が好きなのは分かるが今はそれどころじゃない。何、目キラキラさせてるんだ。


 カオスになり出して来た所で、完全に存在を忘れられていたモブ田が、行列の前の方を指さし言葉を発する。


「なあ、さっきからあそこで清水のお父さん、こっちに来るべきか悩んでるみたいなんだが」


 振り返ると、モブ田の言葉通りこっちに来るべきなのかこのまま並んでおくべきなのか、困っている親父の姿が見えた。


「……とりあえず、あっちに行くか」


 その方が早くスゲーッス・マウンテンに乗れる。きっと、一つアトラクションに乗ればそこでこの戦場ともお別れ出来るはずだ。



「私が父の清水信三だ。いつも息子がお世話になっている」


 合流してすぐ、父が挨拶をした。その目は真っ赤に充血している。原因は明らかだ。

 しかしその目の赤さも、すぐにスゲーッス・マウンテン内の暗さで分からなくなる。


 スゲーッス・マウンテンは宇宙をモチーフに作られており、施設内は薄暗い。アトラクションに乗っている時なんかは、真っ暗でほぼ何も見えない。


 親父を交えた後も、試行錯誤して会話を続けていく。立也がキャラメル味のポップコーンに、伊根町が塩味のポップコーンに釘付けになっており完全に機能停止に陥っていた為、俺と福知と舞鶴が奮闘する結果となった。


 あれ、もう一人居たような?


 親父と美弥が話好きということもあって、聞き手でいられる時間が長かったのが幸いである。気が付けば俺達にアトラクションの番が回って来ていた。


 その頃にはポップコーンのケースが二つとも空になっており、幸せそうな立也と伊根町の顔が視界に入る。


 ……そのポップコーン、誰が買った物だと思う?


 普段人前では隙を見せない立也が、ここまでポップコーンを夢中で食べていたのはきっと、心許せる俺の家族の前だった為、気を抜いてしまったのだろう。食べ終わった直後にやらかしたという表情を見せていた。


 だが暗くて誰にも見られていなかったことに気づき安心するとポップコーンの余韻に浸っていた。ポップコーンは俺も食べたことにしておこう。


 アトラクションには、親父と母さん、立也と美弥、そして俺と伊根町が隣同士で座り、舞鶴と福知、モブ田は乗車人数の関係上乗ることが出来なかった。


 スゲーッス・マウンテンが終われば、俺の家族と立也達はそこでお別れになるだろう。漸く地獄から解放される。


「清水」

「どうした?」

「ポップコーンありがと」

「おう」


 俺の自費で購入したポップコーンだったが、伊根町のような顔の整った子にお礼を言われるとそれだけで許せてしまう。俺、ちょろいな。


 ガタリと、アトラクションが動き出す。ちらりと横目で伊根町の様子を窺うと、口がぎゅっと結ばれており、バーを握る手にも力が込められていた。そんな表情の伊根町は珍しい。


「もしかしてジェットコースターとか苦手?」

「……暗いのが無理」


 コースターが、その速度を上げた。


「きゃああ!」

 普段とのギャップに、少しドキリとしてしまったのは内緒の話だ。



 スゲーッス・マウンテンが終わり。


「和夫、お前は立也達と一緒に回ったらどうだ?」

「へ?」


 外に出た時、急に親父が言い出した。


「良いんじゃないかしら?」

 母さんまで言い出した。


「おにいちゃんが好きな方を選んで!」

 いや、選べと言われても。当然家族と遊園地を回りたい。


「俺は家族で「カズ、俺も賛成だ」……?」


 俺の言葉を遮り、立也が親父達に便乗した。お前まで何を言い出すんだと、立也の方を見る。

 その様子はどこか苦しそうなものであった。


「カズ、俺は……」

 言いにくそうに地面に視線を流す立也。ぎゅうっと拳はきつく握られていた。


 次の瞬間、弾けるように顔を上げ、決意したような表情で告げてきた。


「もう一度、観覧車に乗りたい」

「……!」


 はっと固まる。親父も、母さんも、美弥も、体を硬直させていた。その言葉は余りにも予想外だったからだ。


「お前は……、お前は、良いのか?」

「良く、はないかな。でも、いつまでもこのままでいる方が良くないと思う」

「立也……」


 ディスティニーランドの中央、ツンデレラ城の前に高々とそびえ立つ観覧車を、一瞥する。


 今の言葉には、俺と立也、俺と立也の家族にしか分からないであろう勇気が籠っていた。だからこそ、俺も決意した。


「……親父、俺、立也達と行く」

「……そうか」

「おにいちゃん、ファイト!!」


 きっと俺の感じていた嫌な予感は、立也達と会うことでは無かったのだろう。


 自分の過去と向き合うことになるのではないかと恐れていたのだ。結局俺は過去から逃げ続けていたらしい。


 だが、それも今日で終わりだ。不運だ不運だと嘆いていた今日は、最後に与えられた、俺が過去を乗り越える為のチャンスなのかもしれない。


 いつまでも過去を引きずっていてはいけない。そんな俺を見るのは、きっとあいつ・・・も嫌だろう。


 その時丁度、舞鶴達がアトラクションから出て来た。

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