第1章 遊園地編

第5話 東京ディスティニーランド

 時間というものは不思議だ。好きなことをしている時は早いし、嫌なことをしている時は遅い。楽しみにしていることがあれば遅く感じるし、逆もまた然りである。


 毎年テスト期間は長く感じていた。テスト勉強は嫌だし、テスト中も時間が余れば暇だ。

 それなのにどうしてか、今回は驚くほど時の流れが早い。


 キーンコーンカーンコーン。


「そこまで。後ろの人から前へテスト用紙を送って行ってください」


 後部列の生徒が、前の席の生徒にテスト用紙を渡し、受け取った生徒が再び自分のテスト用紙を合わせて前の生徒に渡す。リレー形式で最前列まで来た所で、先生が全て回収する。


 答案用紙に名前等の記入漏れが無いか先生がチェックを終えた所で解散の宣言がされた。


 クラスメイト達はテストからの解放に晴れ晴れとした表情を浮かべている。


「お前、テストどうだった?」

「今回はあんましかな。お前は?」

「俺も。でもいつもよりむずかったからそんなもんかもな」


 そこかしこでテストの結果を話し合う声が聞き取れた。地獄のテスト期間は終わり、明日明後日と週末の休みが待っている。


「さてと」

 鞄を背負い、教室から退出する。いよいよこの時がやって来た。


 東京ディスティニーランド。俺のディスティニーよ、幸運をもたらしてくれと切に願う。


 今日は美弥と一緒に帰る約束をしているので、急がなければ美弥に怒られてしまう。学校の駐輪場へと急いだ。



「おにいちゃん、はやく!」

「分かってるよ」


 キラキラした笑顔を浮かべている美弥に急かされ、自転車のカギを外す。美弥のいる所まで自転車を引っ張り、跨る。


「行くよ、おにいちゃん」


 美弥が自分の跨る自転車を漕ぎ始め、ゆっくりと進みだした。徐々に加速を始める。俺もその後に続いた。


 ネガティブに考えていてもしょうがない。なるようになると、そう自分に言い聞かせペダルを踏みしめる足に力を入れる。


 両親の待つ我が家目がけて、全速力で自転車を漕いで行った。


「おにいちゃんおそーい」

「…………」



 家から東京ディスティニーランドまでは電車で行くこととなった。株主優待のチケットには東京デスティニーランドホテルの無料宿泊サービスも付属していたので、どうせなら一泊することになり、それならと車は候補から外された。


「うわあ……」


 現在、俺達家族はディスティニーランドの入り口にいる。

 美弥がぽかんと口を開け、固まっていた。美弥は初めてのディスティニーランドなのだからこの反応も頷ける。


「久しぶりだな」

「そうね。今日は・・・楽しみましょう?」

 両親は、懐かしさを顔に浮かばせながら、だがどこか寂しさを感じさせる表情で会話をしている。


「ああ。よし、和夫、美弥、行くぞ!」

 親父の言葉に、美弥は元気に、俺も僅かにだがこくりと頷いた。


「合点承知の助!」

 美弥の他人を明るくしてくれる溌剌とした元気が、今回に限り俺の心を苦しめる。


 それはきっと、親父と母さんもだろう。



 きょろきょろ、きょろきょろと美弥が周囲を見回しながら道を歩く。両親はその様子を、愛情の籠った目で見ていた。


 だが親父の視線がふと俺を捉える。


「今日は落ち着きがないな、和夫」

「え、そ、そんなことねえし」


 いつもは落ち着いている俺が、どこかそわそわしている様を親父は不思議そうな目で見ている。


「ま、お前の気持ちも分からんでもないがな……」

 親父、今俺の様子がおかしいのは親父の考えていることが原因じゃないんだ。だが真相は言い辛い。


 もし立也がいることを言ってしまえば、だ。


「何、立也がいるのか!? 久しぶりに会いたい、連絡を取ってくれないか」

「立也くんがいるのね。私も会いたいわ~、彼、イケメンだから」

「おにいちゃん! リツにい、ここにいるの!? 私も会う!」


 と、三人とも会いたがって面倒な事になる未来しか見えないからだ。なるべくあいつらと会うのは避けたい。


「私、ポップコーン食べる!」


 美弥が指差す方向を見ると、そこにはポップコーンを売っているカウンターが置かれていた。マップによると、どうやらそこの名前はパッピングペッポというらしい。


「プ、よ。貴様のことは忘れない……」

 親父が悲しげに呟いている。


 学校から帰って来て直後にここへやって来た。食事は来る途中にコンビニで買ったおにぎりしか食べていない為、確かに腹は満たされていない。


「俺も食うわ」

「あっちに自動販売機があるから、父さんはそこで飲み物を買って来よう」


 コンビニでおにぎりを買うついでにお茶なども買っておいたのだが、よっぽど喉が渇いていたのか美弥が飲み干してしまった。現在俺たちの手元には残り僅かな、いろぱすしか残っていない。


「じゃあ私は、美弥も乗りたがっていたスゲーッス・マウンテンに並んでおくわね」


 という訳で、俺と美弥はパッピングペッポに、親父は自動販売機に、母はスゲーッス・マウンテンにそれぞれ向かう。


 パッピングペッポは行列が短く、すぐにポップコーンを買うことが出来た。塩とキャラメルの王道を一つずつ購入する。親父も自動販売機で飲み物を買い終え、母の所へ合流した。


「親父、ポチャリくれ」

「ほい」

「サンキュ」

 親父の買ってきたポチャリスウェットのキャップを外す。喉が渇いていたのだ。


 ごくごくと、喉を鳴らしポチャリを喉に流し込む。体が欲していた水分を満喫していたその時だった。


「お、スゲーッス・マウンテンじゃん。マジ乗りてえんだけど!」

「私も乗りたいかな……。天橋くんは?」

「良いんじゃないか。誰も反対しないなら並ぼうか」


 遠くから聞きなれた声が聞こえる。


「ぶっーーー!」

「ぎゃああああ」


 思わず親父の顔にポチャリを吹き出してしまった。


「目が、目があああ」


 目に入ってしまったらしいが今はそれ所ではない。顔を見られないように、彼らのいる場所とは反対の方向を向く。


 顔を背ける瞬間、立也に見つかったことを視界の端で確認する。しかしそれだけならば問題は無いだろう。立也も空気を読み、声をかけてくることはないはずだ。いや、それどころか俺の家族に見つからないよう上手く位置取りしてくれるだろうから寧ろ良かったのかもしれない。


 ということは俺の顔さえ見られなければ、他の奴らにバレることはな……


「あれ、立也くんじゃないかしら」

「ほんとだ! リツにいいい!」


 あ、あいつ身長高かったわ。


「何、立也がいるのか! どこだ!?」


 目をやられている親父を横目に、俺はただただ自分の不運を呪うことしか出来なかった。


「終わった……」

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