第4話 スクールカースト上位勢の皆さん

 体育。勉強の合間の息抜きとして、全国の学生たちから非常に高い人気を誇る科目である。しかしどれだけ人気が高くとも、やはり一部の生徒からは嫌われているものだ。


 運動自体が嫌いな子、苦手な子。当然汗もかくし、持久走の授業などは運動神経の良い奴でさえ嫌悪する。


 俺はというと別にそこまで嫌いではない。私生活では全く運動しない分、こういう機会にしておかなければ健康に悪いだろう。そう考えると不思議と頑張れる。


 しかし一つだけ不満な点があった。


「じゃあテキトーに二人組になってください」


 これだ。クラスでぼっちの俺にはそのテキトーに組む相手がいない。


 普段ならば。


 既に慣れてしまっているので、ペアがいなくとも何とも思わないのだ。だが、今日に限っては話が違う。


「別に男子と女子で組んでも構わねえからな」


 にやにやと意地の悪い冗談を体育の先生が言う。

 そう、今日は男女混同の授業なのだ。


 先生はああ言ってるが、実際自ら異性同士で組もうとする者はそういない。


 そんなことを進んでやると、他のクラスメイトから「あいつ女子と組みたがってんぞ」、「きもちわるー」など誹謗中傷を受けること待ったなしだ。


 そのため、結局男子は男子と、女子は女子とペアを作る。そこまでなら何も問題は無い。


 問題はクラスの男子十九人、女子十七人という人数なのだ。どちらも奇数、ということは男子も女子も一人ずつ余る計算になる、なってしまう。


 いつも通り二人組を作れば、いつも通り一人になるのは俺だ。そして確実に女子と組まされてしまう。


 そうなるのは避けたいところだ。女子も俺と組むのはいやだろう。


 だがしかし、俺には一人になることを逃れる術がない。悲しいかな、会話する能力は自分でもある方だと思うが、話しかける勇気は皆無なのさ。


 そんなこんなで俺は成すすべなく余り者になってしまう。まだ見ぬ俺のペア相手に、心の中で謝罪をしておいた。



 今日からの体育の授業はサッカー。何故テスト前のこの中途半端な時期に種目が変わったのかというとだ。


 体育の授業は曜日の関係上、祝日によって無くなるということが一学期ではほとんどなかった。そのため授業時間が例年よりも多く取れたのだ。


 補足をしておくと、サッカーをしている間はずっと男女合同でやるらしい。つまり俺が女子と組んでしまうのは今日だけではないということだ。南無三。


 気を取り直して。


 俺のペアになった人物を見る。それはかなり意外な人物で、表には出さなかったが内心驚いてしまった。


「あー、えっと、よろしくな、伊根町」

「よろしく」


 伊根町美海みう。美しいに海と書いてみうと読む、不思議な名前だ。沖縄弁でいう、ちゅらうみだな。


 長い髪を茶色に染め、ウェーブをかけている。いつも気だるげで、立也や舞鶴のような人気者たちと普段一緒に過ごしているギャルだ。


 女子の二人組作りで余るとは思えない、それこそ舞鶴のようなスクールカーストトップ勢、略してスカート勢と組んでいてもおかしくない人間だ。


 何か理由があるのだろうか。


「それではまずはパスの練習を始めます。ボールを取ってそれぞれ始めてください」

 練習が始まった。ボールは籠に一纏めに入っているので、取りに行かなくてはならない。


「俺、ボール取って来るわ」

「ありがと」


 おお。何というか、伊根町に礼を言われるだけで感動してしまった。彼女と同じグループに所属しているどっかの誰かさんとは大違いである。


 ボールを確保し、空いてるスペースを見つけ先生の指示通りにパスの練習を始める。今日は前半の二五分はパスの練習、後半の二五分で適当にチームを分けて試合をするらしい。


 まだ生徒たちには知らされていないが、チームはもう決められているのだと。


「じゃ、いくぞ」

「うん」


 靴の側面にボールを当て、伊根町目がけてパスをする……はずが少しだけ逸れてしまった。伊根町は小走りでボールに近づき、足で止める。


「すまん」

「大丈夫」


 今度は伊根町が俺目がけてパスをする……のだが、これも少し逸れてしまう。ボールの軌道上へと走っていき、ボールを踏んで止めた。


「あたしもこんなんだから」

「なるほど」


 ふっと笑う。初めは伊根町とパスの練習とか気まずい、と思っていたが案外そうでもなさそうだ。

 この伊根町特有の気だるげなテンションが気まずさを無くしてくれているのだろうか。



 二人ともパスが上手くいかず、色んな向きにボールが転がる。その度に少しずつ場所がずれていき、気が付けば俺と伊根町は練習を開始した場所とは離れた所まで来てしまっていた。


「あ、みう」

「?」


 誰だろうかと振り返る。そこには舞鶴がいた。どうやら舞鶴はこの辺りでパスの練習をしていたらしい。


 てこてこと、舞鶴が近寄って来る。舞鶴の相方も、それに続くようにこちらへやって来た。


「! ……あや」

「みうは清水くんとパスの練習してたんだー」

 その言葉を聞いた瞬間、ぞわりと鳥肌が立つ。


 舞鶴が、俺を、清水……くん、と、呼んだのか?


 俺と二人でいる時は呼び捨てだったにも関わらず、舞鶴は平然と俺をくん付けで呼んでいた。


「清水くんごめんね。みう、運動音痴だから中々練習にならないかもだけど許してあげてね?」


 舞鶴は俺との距離を詰め、明るく言葉を発する。なんだこれは。気持ち悪いとかいうレベルじゃない。生理的に無理だ。


 舞鶴は他人から顔が見えない位置に立つと、いつもの冷たい表情に戻る。


「良いから話合わせて」

 真顔でそれだけ呟くと再びきゃぴるんとした表情になった。


 ……そういうことね。


 人前では良い子を演じているのだろう。


「あや、私は音痴ってほどじゃない」

「みうが運動音痴じゃなかったら、運動音痴の人なんていないよ?」

「む」


 伊根町が納得のいかないという表情になる。それを見て、舞鶴があははと声を出して笑った。見てて思うのだが、舞鶴は伊根町といる時は心から楽しそうだ。


「あれ、立也ー。あそこの、舞鶴と伊根町じゃね?」

「ほんとだな」


 舞鶴と伊根町が話し始め、パスの練習が中断されている所に、男子生徒たちの声が聞こえた。片方はものすごく聞き覚えのある声だ。


 男子生徒と、そして立也がこちらへやって来る。


「天橋くん!」

 舞鶴はこちらへやってくる立也に声をかける。舞鶴さーん、立也だけじゃなくてもう一人居ますよー。


「みんなここで練習してたのか」

「そうだよ!」


 すごいな。スカート勢といると人がどんどん集まって来る。これが人望という奴か。


 それにしても舞鶴の俺と立也に向ける目の温度の差は凄いな。逆にここまで人によって変わるのは一種の才能かもしれない。


「なあ、聞いてくれよ。立也マジすげえの。リフティングとかほんとマジぱねえ」

「そりゃ、サッカー部だからな」

 立也は苦笑する。


 このマジマジうるさいのが福知大和。名前がやけに壮大だ。ご覧の通りマジが口癖の男である。


 いっそのことマジカル少女……は無理だからマジカル少年にでもなってしまえばいい。いや、既に宇宙戦艦だったな。


 福知が今日の立也のペア相手だったようだ。



 そうしてスカート勢が会話に花を咲かせている所に、また一人男がやって来た。


「みんな集まって何を話してるんだ?」


 モブ田モブ男、じゃない寺田勝男だ。あまり特徴の無い人間である。


 普段は、立也、舞鶴、伊根町、福知、モブ田のこの五人で一緒に行動しているようだ。よくこの五人でいる所を見かける。


 スクールカースト最上位勢がここに集結したという訳だ。楽しそうに喋り続けている。いや、サッカーの練習しろよ。



「ただいま」

 午後一時半前、俺は家に帰ってきた。


 今日はテスト前日で、四時間目の体育が最後の授業だったのだ。

 体育の授業後半の試合は立也と同じチームだった。


 立也が悪ふざけで俺にばかりパスを回してきたから疲れた。もちろん、わざと俺を困らせていることを他のクラスメイトからは悟られないよう、上手く立ち回っていた。


 それでも試合に勝ったのは立也のセンスがずば抜けているからだろう。あいつはその気になればサッカー選手にだってなれるだろうな。


「おかえりおにいちゃん!」

 可愛い妹のおかえりに、授業で疲れた体が癒される。


 清水美弥、世界一可愛い妹である。


「ねえ、おにいちゃん。遊園地に行こ!」

「いきなりどうした」


 ただ美弥は、時々今みたいに話が突然始まる。

 ぼっちのおにいちゃんが言えたことじゃないがもう少し会話力を身に着けた方が良いぞ、美弥。


「和夫、帰ったか」

「親父!? そっちこそ帰って来たのか」

「ああ、ついさっきな」

 リビングに顔を出すと、そこにはソファに腰を掛ける親父の姿があった。珍しい光景だ。


 詳しくは知らないが、俺の親父はいつもボランティアやら支援団体やらで世界中を回っている。そのため家にいることは滅多にないのである。


「それでも五日後には出て行かなきゃならんが」

「土曜か」

 学校のテスト最終日の翌日である。


 しかし今は親父の帰る日時よりも気になることがあった。


「で、美弥。遊園地ってどうゆうことだ? まさか今日行くって訳じゃないだろ?」


 俺も美弥も同じ学校に通う身。学年は違えど、テストの日程は同じなのだ。美弥も今日はテスト前日のはずである。


「うん、行くのは金曜日」

「テストが終わる日か」

「そう」

「どうして急に行きたくなったんだ?」

「それはね。えっと、かぶぬし……かぶぬす……何だっけ?」

「株主優待でな、ディスティニーランドの無料チケットを貰ったんだ」


 アホの子全開の美弥に変わり、親父が説明をした。


「なるほど、それでか」


 うちの両親は、様々な会社の株をかなり所持している。両親共々、実家が金持ちで、昔その金を使って株を買いまくったらしい。


 今は、支援活動で忙しい親父に関わり母さんが株の売買をしている。この先見込みのない会社の株は売り、新しく成長していきそうな会社の株を買う。


 親父の仕事は、立派な仕事ではあるがお世辞にも稼ぎが良いとは言えない。そのため、うちの主な収入は株の売買で出た利益である。


 最近の大当たりで言えば、恥ずかしいドラゴンズ、通称ハズドラの人気が白熱する前に、ガンボーの株を買い漁り、ぼろ儲けしていたことだろうか。


 そんなこんなで我が家はかなりのお金持ちである。しかしかなり不安定な基盤なので、節制思考は強めだ。


 それはつまり今回手に入ったディスティニーランドの無料チケットを無駄にすることはないということである。


 間違いなく家族の人数分チケットを貰っているはずだ。俺も行くことになってしまうだろう。しかし今回ばかりは非常に厄介だ。ダメで元々、言うだけ言ってみよう。


「あー、今回は俺はパスしようか……」

「おにいちゃん行かないの!?」


 途端に美弥は悲しそうな顔になった。目をウルウルさせ、俺をじっと見つめてくる。そうか、美弥はまだディスティニーランドに行ったことが無かったのだったか。


 そんなのおにいちゃん逆らえる訳ないじゃない。


「やっぱり、行くわ」

「やったー!」


 これまた途端に美弥は嬉しそうな表情になり万歳をする。

 いつも思うがまるで高校一年生には見えない。良くて中学生だ。でも可愛い。


「……はあ」

 知らず知らずの内に溜息をついてしまっていた。


 テスト最終日、遊園地。どこかでも聞いた情報だ。


 最近の俺はかなり運が悪い気がする。どうしようもないまま、面倒な方へ流されていく。


 これが運命という奴なのだろうか。流石、運命さだめの国、ディスティニーランド。


 しかし、家族でどこかへ遊びに行くというのは悪いことではない。親父と居られるのも久しぶりなのだ。


 遊園地自体はあまり好きではない。それでも家族で行くのなら、十分に楽しめるだろう。

 アトラクションに乗ってはしゃぐ美弥を見るだけでも心が安らぐ。


 ……ま、ディスティニーランドは広い。あいつらと会うこともないだろ。


 そう前向きに考え、気持ちを切り替えテスト勉強に集中することにした。

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