死神の初恋
第20話 死神の初恋⑬
「以上が――私が知るハクロ様の
ひとしきり話し終えた
訪れた
日付はすでに変わっており、出歩く人の気配はない。
風が
窓の外を眺めると、
ハクロは、飛び去る黒い影をアンの肩越しに眼で追いかける。まとまらない思考を持て余し、語り部から視線を
現在は過去となった時点で物語となる。
嘘か
ただ信じるか否かだけだ。
アンはきっと、信用に足る人物だろう。だが彼女の話はどこか
途中まではいい。
魔女の子であろうと、
悪しき者の子であろうと、
忌み子であろうと。
どんな秘密が語られようと、覚悟はしていた。
だがハクロの呪われた運命には、背負わせようとした誰かの
「……こんなこと、いったい誰が仕組んだんだ?」
「おそらくストーリーテラーでしょう」
答えを求めたつもりはなかったが、あらかじめ用意していたのだろう、アンは即答した。
「たしか、この世界を滅ぼさんとする神のふたつ名だったか……」
それはサーシャから聞いた入墨の少女の物語にも登場した名だった。
日蝕が最大になるときに現れ、
「もちろん、
「ではどうして神の名を語る。
ハクロは天井を仰ぎながら話を振り返る。
閉ざされた闇のなかでアンは『殺し合え』と聞こえたと語っていた。だが、それが神の言葉である確たる証拠はどこにもない。地下牢にいた誰かが発したのかもしれないし、たんなる空耳かもしれない。すくなくともそれらの可能性を排除しきれないのではないか。
ハクロがそう訊くと、アンは言葉の
「実際にいようといまいと、それはたいした問題ではありません。重要なのは、そこにいた全員が同じ音を同時に聞き、一斉に呪いにかかったという事実なのです。それが呪文なのか、あるいは別の仕掛けがあったのか、誰にも説明はできません。だけど、人智を超えた現象に対して神という言葉を当てはめておけばとりあえず納得できる。ただそれだけのことです」
「無いものを在ると置き換えたのだな」
「私たち人間は、世界の
つまり、名前の解らないハクロに対して歴戦の戦士たちが死神と名づけたように、概念のなかにしか存在しない神に対して、ストーリーテラーという名称を与えることで現実の世界に
「城で起きた――否、世界中で同時多発的に起きたこの事件も『盲目の日蝕』と名付けられました。そして人の記憶に留まり、記録に残され、今もなお
「世界中で俺たちと同じような眼に遭った人たちがいるのか……」
「現象はそれぞれ異なるようですが、同日、この大陸だけでも十ヵ国以上で同様の不可思議な事件が起きたと聞き及んでいます。もしそんな大それたことを実行できる者がいるとするならばそれは、ストーリーテラーをおいて他にいないでしょう」
「何故そいつは俺たちをこんな眼に遭わせるんだ?」
「そもそも個人の意志なのかさえ定かではありませんが……しかし、その誰かが世界をつくり変えようとしているのでしょう。私たちは、日蝕を
「最後の審判か」
「はい」アンは
彼女は呪いによって時間の流れが止められているのだ。二十年前と変わらぬ若い姿をしているが喜ぶべき状況ではない。
ハクロは眼を閉じてみたが、しかし完全な闇を再現することはできない。どんなに固く閉ざしても
「貴様の眼を――
「ストーリーテラーの魔力を断って呪いを解くか……あるいは、裁きを受けて魂の浄化をもってすれば」
「殺そうとしておいて云うのもなんだが、生きることを諦めるな。それは逃げているだけだ」
「ハクロ様には理解できないかもしれませんが、弱き者にとって、永遠の死はときに救いとなります。
「すまないがその質問には答えられない」
常に死と隣り合わせにいた死神にとって、それは決して
死神は立ち上がり、鎌を手にして云った。
「代わりに俺がそのストーリーテラーとやらに裁きを下してやる。これでも腕には覚えがあるんだ」
「ありがとうございます。そのお気持ちだけで充分です」
「俺では役不足か?」
「そんなことはありません。ですが、ハクロ様がいかに強くともしょせんは人間。神を倒すなんて不可能です。神はこの世には存在しないのですから――いないものは倒しようがありません」
「だが、解らないというだけで、結果が在る以上、原因は存在するのだろう?」
「原因を求めることは、神の名を探るようなもの。知れば貴方様も呪いにかかってしまうでしょう。呪われれば見えるべきものが見えなくなり――視えざるものが視えてしまいます」
アンは眼を開いた。
見えないなにかに怯えるように、光を通さないはずの彼女の瞳がわずかに収縮する。
「その視えざる相手こそが原因ではないのか? ならば好都合じゃないか。元々呪われた身なんだ。これ以上悪くなることはあるまい」
「それでも生者が視るべきではありません。ストーリーテラーは認識してはいけない存在なのです。ハクロ様を闇に
「そういえば貴様、その女だけは視えたと云ったな?」
「はい。首に彫られた入墨を、はっきりとこの眼で視ました」
「首に入墨だと……? それはどんな模様をしていた? 顔や名前は憶えているか?」
黒装束の女がストーリーテラーに繋がる手掛かりとなりそうだ。
ハクロが問うとアンは首肯し、はいと云った。
ゆらりと立ち上がり、ゆっくりと腕をのばしていく。
「ちょうど貴方様のうしろにいますよ」
「うしろ?」
差し示した先はハクロの後方――振り返ってみればそこには黒い衣を纏った女が、首に彫られた入墨を
「サーシャ――起きていたのか」
「ハクロ様にも視えているのですね……」
「まさか、黒装束の女とは――?」
「久しぶりね、サーシャ。否――裏切り者の魔女」
盲目の医師はサーシャを睨みつけた。
視えざるものをその眼に焼きつける。開かれた
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