第8話 過去の亡霊②
最後の
上空で渦巻いていた
黒騎士は、逆光を浴びるようにして黒い大鎌を
だが
黒騎士は自ら死神と呼んだ。それは
ならばこれから連れて行かれる先は、地獄か魔界か――想像するだに恐しい。
少女は
「お許しください騎士様。否――死神様」
「許すって、何をだ?」
「私はまだ死にとうございません。どうか
「俺は地獄なんかに用はねえ。そんな
「そんな――」
地獄より熱い場所があるというのか。
少女は絶句し、青褪めた。黒騎士に背を向けると、這いつくばったまま逃走を試みる。
黒騎士はその背中を不思議そうに見つめた。
「なんだ、腰が抜けちまったか? どれ――手を貸してやろう」
「近寄らないでくださいまし」
「そんな有様じゃこの先が思いやられるぜ?」
「嫌です。私は逝きたくありません!」
「俺との契りを
「
「ほう……」死神は嗤いながらにじり寄る。「では訊くが、お嬢ちゃんに何ができる?」
背中を岩場まで追い詰め、正面から眉根を寄せながら顔を近づけた。その鋭い眼力から放たれる気配は魔力だろうか。刃を突きつけられたように刺さる。
答えを間違えば命は無い。
そう思えた。
しかし自分にできることなど高が知れている。
財も、権力も、特技も、知恵も――何も無い。
在るのはこの身ひとつだけ。
少女は涙を堪え、唇を
「わ、私にできることなど、これくらいしか……」
さらに着物を
震える手首をつかまれた。
少女は眼を閉じ、身を強ばらせる。
これから受ける仕打ちを考えるととても
だが、いくら待っても何も起きない。
少女は恐るおそる片眼を開けた。
死神は――
笑っていた。
拍子抜けするほど
騎士は、困惑する少女の頭に
「おもしれえ
「な、なにがそんなに可笑しいのです?」
「いや、すまねえ。あまりにも
「誂うですって?」
「ぜんぶ冗談だよ、冗談。死神なんてこの世にいるものか」
「では、貴方様は……」
「人間に決まってんだろう。見れば判るじゃねえか」
「ですが、その背中の翼は?」
「これか? これはな、
「ほんとうに人間なのですね?」
「そう云ってるだろう。
「いいもの?」
人が困っているのを観るのが
首を傾げると、黒騎士は笑いを堪えながら足許を指差した。
つられて視軸を下げてみれば、はだけた着物が全開になっている。己の
そんな姿を見て黒騎士はまた大声をあげて笑う。
「あんまりではございませんか」
「いや、
「ダシにされるほうは堪りません」
「弱ってる心理につけ込む。これは
「もう引っかかりません。充分に騙されました」
少女は赤く染まった頬を膨らませ、そっぽを向いた。
しかし
「いっぺん
「そんな云い方をしなくても……」
「叱られているうちが
「父と母がいます」
「なら、これに
「私だって、ほんとうに死にたくて飛び降りたわけではありません!」
ただ変わりたかっただけなのだ。
間違っていても、正解が解らなくとも、行動を起こして、この
若き黒騎士は眼尻をさげ、少女の髪を撫でた。
「知ってるよ。上から見てたからな。
涙が出た。
やさしくされた記憶などほとんど無い。
人の情に触れ、
少女は黒騎士にしがみつき、声をあげて泣いた。
※
それから。
ようやく泣き
「助けていただいてほんとうにありがとうございました。なんとお礼を
「いいってことよ。ついでだったしな」
「ついで――ですか? そういえば騎士様は、何故このような
少女の住む村は
少女の疑問に黒騎士は指を立てて答えた。
「ひとつは魔獣の
「元々蜥蜴を討つつもりだったのですね」
「湧いているかは半信半疑だったが……きな臭い気配を感じたから案の定だった。あいつら
「そうなんですか……私にはよく判りませんが、世の中には強い御方が沢山いらっしゃるのですね」
「人間相手ならまだ対処のしようもあるだろうがな。黒幕は、蜥蜴なんて足許にも及ばない、遥かに強大な存在だ」
「騎士様も
「べつに恐かねえよ。俺は
「修行に来られたのですね」
「それもついでみたいなもんだ。虫けら相手にいくら
「ではいったい……」
「今回此処へやってきた真の目的はな、お嬢ちゃん――あんたに会うためだよ」
「私ですか?」
「正確には
「そういえば、はずれとおっしゃいましたね。あれはどういう意味だったのでしょう?」
てっきり色気のない娘だと落胆されたものと思っていたが、どうやら別のことを差していたらしい。
黒騎士はにやりと笑う。
「そのまんまの意味さ。俺はな、生贄となる女を探してるんだよ。ある
「日蝕……ですか?」
「
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