花火と語り。

柳 空

言うほど悪くはないのだ。

ねぇ、そこの人。ちょっと話をしませんかい?

え?アンタは誰だって?

そんなのはどうだっていいさ。気になしないで、気にしないで。

少し口調も変?

そりゃそうだろう。なんたってウチの出身は静岡の沼津ぬまづ。標準語に近いんだけど、ちょっとばかし、発音とかが違うんさ。

まぁ、そんなのもどうでもいいよ。とにかく聞いてって聞いてって。

…さ、何から話したものか…。

なんせ沼津は今じゃあさびれた、さびしい街だもの。

みんなみんな、「昔の方が、昔の方が…」なんて言う。

そんなくらーい話ばっかしてんから、頭がせめて光ろうとすんのよ。

え?そのギャグ笑えない?

そりゃごめん。冗談は苦手なんだ。

あ、こんなのは沼津の人間の特徴ではないよ?

ウチがそうなだけなのさ。

それじゃあ本題だ。

まぁ、小噺だ。ゆっくり話そうさ。

それに今日は『狩野川かのがわ花火大会』!つまり祭りなんだ。楽しくやろうじゃないか。…なぁ?


…さて、と。まぁ、屋台と仲見世なかみせ商店街を散策しながら話そうさ。

…ってぇ、なんだ。早速沼津のイイもん見つけてんじゃん。

それかい?

それは『ノッポパン』って言うんだよ。長いパンの間にはクリームが挟まってんだ。

え?オススメの味?そうさなぁ…。素直にクリームが一番いいかもしれないな。

…え?食べたら飲み物が欲しいって?

そんなら、そこの店でお茶でも買ってきな。

お!ちょうど『ぬまっちゃ』があるじゃないか。

え?『ぬまっちゃ』が何かって?

見ての通りお茶だよ。お茶。『愛鷹あしたか』のお茶さ。

この茶はサッパリしてて、ホットでもアイスでも美味いぞぉ?

缶もほれ、見てみな。この題字はな?地元の高校生が書いたものなんだよ。

お?買うのかい。毎度あり!


…と、そろそろ花火の時間だな。近くまで行かないかい?

…おぉー!相変わらず、この橋の上からだと迫力あるなぁ!

お?なになに?この橋の名前が気になるのかい?

この橋はなぁ、『御成橋おなりばし』って言うんだ。

んで、ついでにこの真下の川が『狩野川かのがわ』。

ここは川としては珍しくてな?ずぅーっと伊豆の方から『柿田川かきたがわ』と合流しつつ、富士山目指すように流れて来て、ここらでぐるっと方向転換してから海の方へ流れてくんだ。

地図なんか見ると、きっれーぇに折り返してるんだ。面白いだろ?

もうちょい上流の『香貫山かぬきやま』の方じゃあよく高校生がボートに乗ってるんさ。一校だけじゃなくて、数校くらいが一緒にな。

え?頑張れって?

そりゃ、いつか本人達にでも言ってやんなさいよ。


おん?次は何だい。

…ふむ。ここら辺の昔の話、かぁ…。

うーん。そう言われても、自分が話せるのは極々最近の事だけだぞ?

それでいい?それならぁ、そうさなぁ…。

今渡ってるこの御成橋は戦中に被弾した跡が残ってると言うし、空襲で焼け野原になった時期は、うみかたの『千本松浜』までよーく見えたらしいからなぁ…。

ま、そんな暗い話だけじゃあ無いぞ?

もちろん。この祭りだって、もう七十年近くの歴史がある。

愛鷹のお茶や酪農にだって、歴史がある。

千本松原にも、駿河湾にも…な。

ここは色んな人が出入りする街だからな。色んな物が流行っては廃れてく。

残るものがあれば、もう思い出の中だけのものもある。

…そりゃあ、どこもそんなのは同じかもしれない。

けんどさ?この街の、そういう時の流れはやっぱりちょいと他の所とは違う気がするんだよ…。

え?抽象的すぎて分からない?

ははっ!そりゃ悪かった。ま、そんなのは、地元の人間にしか分かんないのかもなぁ…。


今日は楽しかった。

悪いね。突然見ず知らずの人間の話聞けだなんて。

アンタ、今どき珍しいいい人じゃないか。

お?なんだい。照れてるんかい?

…ま、からかうのはまた今度としようじゃないか。

え?今度があるってなんで思うかって?

そりゃ、そうさなぁ…。

きっと、アンタならもう一度くらい、この街に来てくれそうな気がするんさ。

そん時には、山でも海でも案内するよ。

沼津は、どっちもいいからな。

そんで、ゆっくりお茶でも飲んでみようじゃないか。

今日の語りは、ここまでだ。

それじゃあ、また、いつの日か。



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花火と語り。 柳 空 @area13

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