第46話 I promise love of the eternity <後編>
披露宴はとても盛り上がった。
徹くんの司法研修所仲間が女性アイドルグループのコスプレをして踊ったり、松田屋の皆が定番から最新までウェディングソングメドレーを歌ってくれたり、笑いの絶えない時間が続いた。そして歓談が続く中、祝電が次々と読み上げられる。その中の一つが、とても心を打つ内容だった。
「徹さん、綾乃さん、ご結婚おめでとうございます。お二人がかけがえのない人と出会えた事を、とても嬉しく思っています。どうぞ末永くお幸せに」
“かけがえのない人”、そのフレーズが、胸をじんわりと熱くさせる。
何て素敵な言葉なんだと思った。確かに私にとって徹君はかけがえのない人。誰も彼の代わりになんてなれない。そして、願わくは私も彼にとってそうだったらいいと思う。
一体、誰がこんな素敵な祝辞をくれたんだろう?
「……あら、差出人の名前がありませんね」
司会者が慌てた様子でカードをひっくり返している。
差出人の、名前が無い?
その言葉に、ある人物の顔が脳裏を
そんなはず、ない。だってあの人は私が結婚する事を知らないもの。徹くんの名前だって、知りようがないもの。そう思うのに何故か妄想じみた確信が胸の内に高まっていく。
「綾乃さん?」
徹君の声で、はっとして顔を上げると、同じく親族席で驚いた顔をしているお父さんと目が合った。きっとお父さんも私と同じ人を思い浮かべている。しばらく見つめ合った後、お父さんが一瞬だけ目を閉じる。まるで、肯定し頷くように。
――お母さん。
私を、ううん、私達を置いて出て行った人。
寂しさや怒りや悲しみといった感情が一気に噴き出して、胸が苦しくなる。だけど全部の感情が溢れ出した後には、感謝の気持ちだけが残っていた。
私を産んでくれてありがとう。お父さんとあなたが居なければ、徹くんには会えなかった。こんなに幸せを感じる事も出来なかった。あなたが別の人を選んでしまったのはとても悲しいけれど、どうか幸せでありますようにと願わずにはいられない。
そして祝辞を送ってくれて、ありがとう。もちろん、本当にお母さんなのかは分からないけれど、思うだけなら自由だ。だから、言わせて。お母さん、ありがとう。
熱くなった瞼から、涙が一粒、流れた。
「真理子、スピーチありがとう」
「いいのよ、絶対誰にも譲りたくなかったし。っていうか、その話はもうやめて~。マスカラはウォータープルーフにしてたんだけどねぇ、アイライナーまではねぇ」
入場の時点で号泣していた真理子は、スピーチの時もやはり号泣していた。すると目から黒い涙が流れていたんだ。マスカラもあまりの涙に耐え切れなかったのか、頬に黒い点々が付いていた。私の幸せを自分の事のように喜んでくれる真理子がとても愛おしく、私は微笑んだ。おめかしして天使みたいな愛華ちゃんは今、徹くんと佐藤君に構ってもらって明るい笑い声を上げている。
「入籍も今日済ませて来たんだよね? どうして今日? 何かの記念日?」
「あ、ううん。特に記念日では無いんだけど、大安だったし、……徹くんが、私が三十歳になる前にって気を遣ってくれて」
「って言っても、あと五日じゃないの! ……でも、そうね。二十九と三十じゃ、気持ち的には全然違うわよね~」
真理子の言葉に私も頷く。徹くんはまだ司法修習生、出来ればちゃんと弁護士事務所に勤務し安定した収入を得るようになってから式を挙げたいと思っていたはずだ。徹くんは将来、裁判官でも検察でもなく、弁護士になる事を希望している。昔お世話になった弁護士さんの元で、自分のように遺産相続に巻き込まれた子供を助けるために働きたいのだそうだ。「“知は力、力は知”になるんだよ。それを子供たちに教えてあげたい」んだって。そう言いながら真っ直ぐに未来を見つめる徹くんはとても頼もしく映る。
だけど、その頃には私は三十代に突入している。ただでさえ離れた年齢差、それなのに二十代と三十代じゃ重みが全然違う。今時そんなこと気にするのもおかしいとは分かっているけれど、せめてお互いが二十代のうちに結婚できたら――そんな面倒くさい女心を、徹くんは優しく受け入れてくれた。
「ちょっとちょっと、あのかっこ良か男の人、誰? 名前何ていうと?」
振袖を着た
「名前は竹島
莉衣菜さんは私の微妙な返答に気付くことはなかった。竹島さんとは色々あったけれど、今は仕事仲間として良い関係を築いている。結婚式の招待状を渡すかどうかは迷っていたんだけど、噂を聞きつけた竹島さん本人が行きたい、と言ってくれた。徹くんともフットサルを通じて仲良くなったらしい。男同士って本当によく分からない。
「ごめんねぇ、竹島さんはもう私が目を付けてるから!」
そう言って乱入してきたのは森口さんだ。大学卒業後は大きな商社の受付嬢をしているそうで、その美しさに更に磨きがかかっている。相手は選り取り見取りのはずだけど、今は竹島さんを狙っているらしい。
「誰ね、あんた! 恋に順番は関係なかやろ!」
「あるのよ! これだからちょっとばかし可愛くてスタイルのいい女はダメなのよ!」
二人は本格的に喧嘩を始めてしまった。初対面……だよね?
森口さん、それ、褒めてるよ。そういうあなたも美人でスタイルいいし。
「坂木家と榊家って、やっぱギャグだよなー」
啓太もやって来て、披露宴は何が何だか分からないくらいに混沌としてきた気がする。啓太は近くで言い争っている莉衣菜さんと森口さんを見て頬を染めている。駄目だよ、啓太。その二人は今まさに恋に落ちてる途中なんだから。高望みは止めておきなさい。
その後で佐藤くんとまりえちゃんもやって来た。営業マンでバリバリ頑張っている佐藤くんと幼稚園教諭になったまりえちゃんは何だかんだでうまくいっているらしい。ブーケトスもまりえちゃんがキャッチしたし、二人の結婚式もそう遠い未来ではないのかもしれない。
花束贈呈は二人で私の両親に花を贈ることになっている。花はポンポン咲きの赤いダリアとかすみ草を選んだ。どちらも花言葉は“感謝”だ。
私はお父さんに、徹くんは美鈴さんに。差し出した花束をお父さんは渋い顔で受け取った。
「……幸せにな」
そう言いながら、絶対に泣かないと宣言していたお父さんの目が潤んでいるのが分かる。
ねぇ、お父さん。
私達はどれくらい遠回りをして来たんだろうね。もっと早くお父さんの苦しみや優しさに気付けていたら、もっとたくさんの事を語り合えてたのかな。ううん、今からだって遅くないよね。だって私は、いつまでもあなたの娘なんだから。
「うん。幸せになる。お父さん、ありがとう」
お父さんが顔をくしゃりとする前に、私の視界が滲んだ。
幸せだよ。だって、世界で一番大好きな人のお嫁さんになるんだもん。
そしてこれからもっともっと幸せになるよ。だから安心してね、お父さん。
披露宴の締めくくりは、新郎の謝辞だった。
「本日はお忙しい中、私達の結婚式ならびに披露宴にお集まりいただき、ありがとうございました。皆様のおかげでこのような素晴らしい式と披露宴を行うことが出来、感謝の気持ちで一杯です」
そこで徹くんは言葉を切り、沈黙が訪れる。あまりに続くので心配になって私は徹くんを見上げた。謝辞を暗記したって言っていたけれど、忘れてしまったのかもしれない。すると徹くんと目が合い、しばらく見つめ合った後で再び視線を前に戻した徹くんが口を開いた。
「すみません、やっぱりこんなお決まりの言葉じゃ自分の気持ちを表せないんで、自分の言葉で謝辞を述べさせていただきます」
そして深呼吸を一つ。
「……俺が綾乃さんに出会った時、俺は孤独の中にありました。彼女に出会って、そして彼女に恋をして、ようやく俺は俺として生きる事が出来たんだと思います。今まで、俺は自分自身の事を好きではありませんでした。だけど、今では彼女を好きになった自分を誇りに思っています。彼女は、俺にとって、かけがえのない、たった一人の人だから。出会えて良かったと心からそう思えます。だから、皆に誓います……綾乃さんを必ず幸せにする事を」
自分の言葉で語る徹くんの頬に、一筋の光が見えた。
徹くんが、泣いてる。
人前で涙を見せるような人じゃないのに。宝石みたいに綺麗な涙を流している。
手で涙を拭おうとした徹くんに、私は純白のハンカチを差し出した。
「私も徹くんを幸せにするからね」
涙を拭った徹くんが微笑んで私を抱きしめた。そして耳元でそっと囁く。
「二人で幸せになろう」
私の頬にも熱い涙がいくつも流れてくる。それを拭いもせず、徹くんを抱きしめ返して何度も何度も頷いた。
「いいぞいいぞ、もっとやれー!」
「もっかいキスしろーっ!」
野次が再び起こり、どっと会場が湧いた。
ねぇ、徹くん。
もっともっと、幸せになろう。
楽しい事や嬉しい事を二人で分かち合おう。
たとえ辛い事があっても、あなたとなら乗り越えていける気がするの。
ねぇ、徹くん。
私、榊綾乃は……ううん、坂木綾乃は、坂木徹を、
――世界で一番、愛しています。
そして、永遠に繋がる未来への第一歩を、私達は歩き始めた。
ままならない恋~年下彼氏~ 雪永真希 @yukinaga_maki
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