第45話 I promise love of the eternity <前編>

*10月25日(日) 快晴*



 緊張と興奮で胸が高鳴っている。いつもと違う場所、いつもと違う衣装、そしていつもと違う私。魔法をかけられた鏡の中の私は、あの人の目にどう映るのだろう。

 「ご新婦様のご用意が出来ました」と結婚式場のスタッフさんが扉を開けるとやや早歩きの足音がすぐに聞こえて来る。振り返ると目をまんまるに見開いた徹くんが立っていた。


「ど、どうかな? 変じゃない?」


 立ち上がって手を広げてみる。この時までどんなドレスを着るかは徹くんには内緒にしていた。真理子とああでもないこうでもないと何度も試着を繰り返し何軒もハシゴしてようやく選んだ純白のウェディングドレス。腰の部分は布地を右側で絞り、そこから弧を描くように左下へと流れる左右非対称のビスチェタイプのAラインで、胸元と引き裾トレーンを縁どるレースに散りばめられたラインストーンが動くたびに光る。腰の後ろに付いた白い薔薇飾りがポイントだ。一見シンプルとも言えるドレスだったけれど、最後に辿りついた店でこのドレスを見た時、一目で心を奪われていた。だけどそれはあくまでも私の好みだから、徹くんが気に入ってくれるか少し不安だった。

 だけど驚いた顔をした徹くんは次の瞬間に目を細めてとても甘い微笑みを浮かべた。


「綾乃さん……すっごく綺麗。こんな綺麗な花嫁さん、生まれて初めて見たよ」


 ここでそんな照れるセリフを言っちゃうのが徹くんだ。周りには美容師さんらが数人居て二人きりじゃないのに。

 恥ずかしさと手放しで褒めちぎられた嬉しさで、すでにいっぱいいっぱいだ。


「俺はどう? 似合ってる?」

「うん、とっても良く似合ってる。……かっこいいよ」


 無言の圧力で最後の言葉を付け足し当然のごとく赤面する。周囲の人達の生暖かい目が非常に気になる。

 徹くんは上着が長いダークブラウンのタキシードを着ていた。落ち着いたゴールドっぽいベージュのベストと幅広のネクタイがアクセントになっていてまるであつらえたようにぴったりだ。かっこ良すぎて更に心拍数が上がった気がした。私こそ、こんなにかっこいい新郎は見たことがない。

 ああ、徹くんの目と腕が私を抱きしめたいって言ってるのが分かる。でも、ごめんね、お父さん達が来ちゃった。それに気付くと徹くんは名残惜しそうに一歩離れた。


「うわ、ねーちゃん、化けたな~。何か別人みたい。変なの!」

「こら、啓太、何てこと言うの! 綾乃ちゃん、すっごく綺麗じゃない! ねえ、幸太郎さん?」

「ああ、うん、まあまあじゃないか」


 スーツを着た啓太と留袖を着たお義母みすずさんはとても新鮮だ。啓太なんてついこの間まで高校生だった気がするのに、更に言えば小さな子供だったのに、この頃はすっかり大人の男の顔をしていて大きくなったなぁ、なんてまるで母親みたいに感慨深い。まあオムツも替えてあげた事があるから、そう思うのも当然だろう。

 独身最後の夜は家族で、と、昨日は実家に一人で帰って家族団らんをしてから今日を迎えたんだけど、お父さんは昨日からずっと機嫌が悪く、「うん」とか「ああ」とかしか言わない。この結婚には反対してなかったはずなのに、今さら反対と言い出すんじゃないかとハラハラしている。


「お父さん……」

「うん? ああ、ちょっとトイレに行ってくるかな」


 先手必勝、と、お決まりの“今まで育ててくれてありがとう”をやろうとしたら、お父さんは早々に逃げ出してしまった。これも昨日からずっとだ。どうやら最後まで言わせてくれないらしい。


「では皆様、こちらに移動してくださーい。親族の方々だけで写真を撮りまーす」


 カメラマンの召集の声に、私達はぞろぞろと移動を始めた。


「行こうか、綾乃さん」

「うん」


 差し出された愛おしい手をしっかりと握りしめる。こうして私達の結婚式は、幕を開けた。



「ご新郎、ご新婦様のご入場です!」


 女性司会者の高らかな宣言とともに目の前の扉が勢いよく開かれる。

 それと共に永遠の愛を誓う歌が静かに流れ始めて、スポットライトが私達を眩しく照らす。

 見上げると隣に立つ、大切な人が私に微笑んでくれる。だけどその笑顔はいつもより固く、そこに私と同じ緊張の色が見て、逆にほっとしていくのを感じた。

 私は頷いて見せてから彼の腕に手を掛けた。

 一歩歩いて会場へ入り、足を止めて一緒に頭を下げる。来てくれた人達に、精一杯の感謝の気持ちを込めて。

 そして会場内を一歩、また一歩と壇上を目指して歩いて行く。ボリュームのあるドレスは気を抜いたら足を取られて転んでしまいそうだ。

 ああ、まだ始まったばかりだというのに真理子が友人席で号泣しているのが見える。始まりからそんなんでどうするの、と思いながらも、私まで視界が潤んできてしまった。


「本日は、お忙しい中二人のためにこの人前結婚式にご参列を賜り誠にありがとうございます。二人は、宗教や慣習にとらわれることなく、いつもお世話になっている皆様全員を立会人とし、永遠の愛を誓いたいとの希望で、このような人前式の形を取らせていただきました。どうぞ皆様、この二人を暖かくお見守りください」


 司会者の言葉が終わると私たちは誓約書を読み上げた。


「本日、私たち二人は皆様の前で結婚の誓いをいたします。今日からは心を一つにして、互いに思いやり励まし合い、病める時も健やかなる時も力を合わせて共に生きていく事を誓います」


 誓う声が、震える。革張りの結婚証明書にサインをして皆に見せる。


「新郎徹さんと新婦綾乃さんは今、皆様の前において永遠の変わらぬ愛を誓いました。この婚姻に意義が無ければご列席の皆さま、承認の拍手をお願いいたします」


 すると大きな拍手が会場内を包み込んだ。皆の承認を受け、私達は揃って頭を下げる。

 二人で選んだ式の形は、人前式だった。

 神様でも仏様でもなく、私たちの結婚式に参列してくれた大切な人たちに、永遠の愛を誓いたかったからだ。私たちが今日この善き日を迎えられたのは、皆のおかげだから。その感謝を、どうしても伝えたかったんだ。

 誓約式が終わると次は指輪の交換だ。運ばれて来たレースとパールに縁どられたリングピローは、莉衣菜りいなさんが作ってくれた。ずっと徹くんの事が好きだった莉衣菜さんに作らせてほしいと言われた時はとても驚いた。嫌われていると思っていたから。だけど届けられたリングピローはとても繊細で丁寧に作られていて、そこから彼女の気持ちが伝わって来た。

 大丈夫だよ、莉衣菜さん。あの日の約束は忘れてないから。ずっと徹くんの傍に居るよ。寂しいなんて思う暇がないくらいに。


 徹くんが小さい方の指輪を手に取り、私の左薬指にはめてくれた瞬間、眩しい程のフラッシュがたかれる。サイズはぴったり。そんな当たり前の事がこんなにも嬉しく感じる。そして今度は私が徹くんの左薬指に指輪をはめた。


「次は誓いのキスでございます。新郎に新婦のベールを上げていただきましょう」

「ン待ってましたっ!」


 司会者の進行に合いの手を入れたのは弟の啓太けいただった。啓太……あいつ……。

 その瞬間に厳かな雰囲気だった式がくだけたものに変わる。


「徹、ぶちゅっといけ、ぶちゅっと!」


 佐藤君がそれに乗じて叫ぶと、会場中が笑いに包まれた。隣に座るまりえちゃんに無言で叩かれている佐藤君が見える。

 徹くんはそんな啓太と佐藤君に微笑みながら手で合図すると、私に向き直る。その頃には元の真面目な顔に戻っていた。会場内もさっきの笑いが嘘のように静まり返る。

 徹くんがベールアップしやすいように少しだけ頭を下げた私のベールに手を掛ける。


 そして、触れるか触れないかの、誓いのキス。


 その途端に今日一番の大きな歓声と拍手と、カメラのフラッシュに迎えられた。今まで何度もキスをしてきたけれど、皆の前でするのはちょっと、いやかなり恥ずかしい。今日の主役なのは私達なのに、わざわざ結婚式に来てもらうのはどこか申し訳ないなと思っていた。だけど皆の心からお祝いしてくれている笑顔を見て、考えが変わる。そうか、結婚式って新郎新婦のためのものって思ってたけど、違うんだね。集まってくれた皆のためのものでもあるんだ。

 会場が一つになる瞬間。こんなにたくさんの人達が私達の事を祝福してくれてると思うと胸が熱くなった。


 今までありがとう。

 相談に乗ってくれて。心配してくれて。怒ってくれて。見守ってくれて。


 私は今日、世界で一番大好きな人の、――お嫁さんになります。

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