第44話 Touch my heart
『もうすぐ徹くんの二十歳の誕生日だね。
もし良かったら、うちにご飯食べに来ない?
徹くんの好物を腕によりをかけて作るから。
次の日休みだから、ゆっくりできるね』
文章を作成して、やっぱりこれはマズイでしょ、と全削除をする。
何か「料理作ったから!」って言うのは押しつけがましくてあざとい気がするし、次の日云々言うのは何となく「夜何があってもOKだよ」って言ってるみたいでかなり躊躇われる。
いやいや、実際のところは何があってもOKなわけだし、きっと向こうもソレを期待しているわけで……。
すでに一度は致してしまっているのにも関わらず、
十代の若者に我慢を強いるのはきっと私の想像以上に厳しかっただろうと思う。だけど、徹くんは私のために我慢してくれた。
だからこそ、徹くんの誕生日には……と思っている。
私も良い歳した大人の女性なんだから、リード……は無理にしても、せめて逃げないようにしないとぐらいは覚悟を決めている。いや、本音を言えば期待していると言ってもいい。そんなこと絶対に言えないけれど。
その後、私は何度も何度も文字を打ちこんでは消して、そっけないくらいシンプルになりすぎて、業務連絡のような文章をやっとの思いで送信した。
*3月6日(水) 晴れ*
メニューは、徹くんの大好きなハンバーグ。作り方は
フライパンで焼いた時は中が生でも、煮込むことで火が通る。あとは砂糖やソースを加えれば完成だ。とはいっても完璧に美鈴さんのレシピを再現したものじゃなくて、自分流にアレンジは加えているけれどね。今回はソースにマッシュルームを入れて、上にチーズを乗せてみた。
あとはレタスやキュウリにサーモンを乗せて手作りのイタリアンドレッシングをかけたサラダ、ポタージュスープ、パン、そしてシャンパン。二十歳のお祝いと言ったらお酒でしょ!ってことで普段なら買わない値段の物を奮発して選んだ。楽しみ~って、私が楽しんでどうすんの。たくさん飲まないようにしなきゃ。
徹くんはテーブルの上に並んだ料理に目を瞠り、「すごい!」と感嘆の声を上げた。
「二十歳の誕生日おめでとう、徹くん!」
カチン、とシャンパングラスを鳴らして、グラスに口を付ける。うん、グラスも冷やしていたおかげで喉越し最高。ほどよく辛口で後味すっきりで美味しい。料理にも合いそうだ。
食べて食べてと勧めると、「いただきます」と手を合わせた徹くんに私は微笑む。妙なところで礼儀正しいというか律儀と言うか、そういう所が彼にはある。そしてそれがとても好ましいと思う。
だけど、スープのサラダを美味しいと言ってくれたのに、徹くんはハンバーグを口にした途端、急に黙りこんで俯いてしまった。
「ど、どうしたの? もしかして美味しくなかった?」
「ううん。……すごく美味しくて涙出そうになった」
「ええ? もう、オーバーだなぁ。ビックリさせないでよ」
「ごめんごめん」と言って食事を再開した徹くんの瞳は、何故か少し赤かった。お酒は弱くないと思っていたけど、少し酔っちゃったのかな?
しばらくした後で、「昔食べた味にそっくりだったんだ」と教えてくれた。それって……亡くなったお母さんの味に似てるってことかな? だったら嬉しいな。
あまり得意ではないけど、また機会があったら作ってあげようと心に誓った。
「じゃーん! 手作りケーキです!」
食後のデザートに小さいけど丸いショートケーキを出すと、徹くんは大げさなくらい驚いて喜んでくれた。お菓子作りはほとんどしたことが無かったからあまり上手にスポンジが膨らんでいない。だけど彼はそれを世界一うまいと言って目を輝かせて笑ってくれた。
「綾乃さん……」
徹くんが耳元で囁き、耳たぶを齧ると、ゾクリと何かが全身を走り抜けた。徹くんが主役なのに食器を洗ってくれて、私は今、食器を拭き終わったところを後ろから抱きしめられる。意外と逞しい腕に捕まえられてしまって、私は慌てて身をよじる。
「えーと、そうだ、プレゼントがあるよ! 今持ってくる……」
「嬉しいけど、そんなの、後でいい」
それよりも、あなたが欲しいんだ――。
言外に伝わって来る徹くんの気持ち。覚悟を決めていたにも関わらず、熱っぽい視線に晒されて身が竦んでしまう。今まで色気のある生活を送ってこなかった私は、自分がそういう対象に見られる事に慣れていなかった。期待通りの流れのはずなのに、どうしたらいいか分からない。
「シャ、シャワー浴びさせて!」
すみません、敵前逃亡します!
私は洗面所に飛び込んだ。ただの時間稼ぎだと分かってはいたけれど。
そして動揺しつつもいつもより念入りに身体を洗ってついでに歯も磨いて恐る恐る浴室を出る。顔はかなり赤くなっているだろうと自分でも分かるくらいに火照っている。
「逃げないでね」そう笑顔で釘を刺すと徹くんは着替えを掴んで自分もシャワーを浴びに行った。
どどどどうしよう。自分の家がこんなに落ち着かなかった事ってある? いや、ない。シャワーの音が妙に気になってしまって、私は立ったり座ったり、そしてテレビのボリュームを上げたり下げたり、非常に奇妙な行動を取り続けた。
「……何してるの?」
「な、何もっ?」
扉の開く音に過剰反応して立ち上がった私を、上半身裸で出てきた徹くんが怪訝な顔で見る。っていうか、何で裸なの? まだ3月ですよ。風呂上がりとはいえ、風邪を引いちゃうよ。だからその妙な色気のある胸板を仕舞ってくださいっ!
「綾乃さん……」
まだ少し湿った髪のままで、徹くんが私を抱きしめた。もう、逃げられない。私の心臓は爆発寸前、頭の中は真っ白。
「ごめん、もう我慢出来ない。……いい?」
「……うん」
諦めにも似た覚悟を言葉に乗せて頷くと、徹くんは私を抱き上げ、薄暗い寝室へ運んでベッドへとそっと横たえた。
たっぷりと見つめた後で、おでこに、頬に、瞼に、唇に、たくさんのついばむ様なキス。そして長くて深いキス。数えきれないくらいのキスを繰り返しながら性急に、だけどとても優しい手つきで服を脱がされていく。
一糸纏わぬ貧相な身体を称賛の目で熱っぽく凝視されて、私は耐えきれなくなって横を向いてしまう。
「頭ん中で、たくさん想像してた。だけど、やっぱ本物には敵わないね。綾乃さん、緊張してる?」
髪を撫で、頬の感触を確かめながら徹くんが吐息のように問いかけてくる。私の身体がかすかに震えているのが伝わってしまったみたい。
「……うん。おかしいよね、二度目なのに、こんなに緊張するなんて……」
「え? 二度目?」
私の言葉に、徹くんが動きを止めて驚いた顔で見てくる。
え? まさか、忘れたとでも言うの? それはいくらなんでも無いよね。
そのまま無言で互いの心理を探りあった後、徹くんがいきなり爆笑し始めた。さっきまでの緊迫したムードがぶち壊しだ。
「あはっ! あははっ! 綾乃さん……やめて、笑わせないでよ」
「え? どうしたの?」
「いやー、すっかり忘れてた」
「な、何を……?」
徹くんはようやく笑いを収めると、いや、くすりと再び笑って種明かしをした。
「あの夜さ、本当は何も無かったんだよね、俺達」
「何も無かったって、どういうこと? だって……!」
「綾乃さんは自分で脱いだだけだし、俺は一言もそんな事言ってないよ」
えぇっ!? そんな馬鹿な。じゃあ、私は二年近くも勘違いしてたってこと!?
どうして言ってくれなかったの、と言うと、「いやぁ、つい。面白くって。まさか今まで信じてるとは思わなかったし」と全く反省してなさそうな顔であっさりと理由を告げられる。
じゃあ、未成年に手を出して青くなってた私を見て笑ってたってこと? ひ、ひどい。
「そういうことを言うってことは、もしかしなくても綾乃さん、初めて……だよね?」
「……」
「すっごく嬉しい」
私の沈黙を肯定と見なして、徹くんは甘い頬笑みを浮かべる。ずるいよ。そんな嬉しそうな笑顔見てたら、怒るに怒れなくなってしまう。
「綾乃さんのここも……それからこんな所も……俺だけが知ってるなんて最高」
意外とおでこ丸いんだね、こんなところに
「もっと見せて。俺だけしか知らない綾乃さんを、もっと見たい」
独占欲丸出しの甘い言葉で、私の全身から力が抜けて行くのが分かる。再び寝室が甘い雰囲気に支配され、徹くんが首筋に顔を埋める。
「綾乃さん……綾乃さん……」
熱にうなされるように私の名前を何度も囁く。その身体はとても熱く、ほのかに汗ばんでいる。徹くんの整った顔、切なげな表情。首から肩にかけての思ったよりがっちりとしたライン、筋肉の付いた二の腕。彼を形作る全ての物が奇跡のように思えてくる。
「好きだよ。……綾乃」
いつもとは違う呼び方が、震えるほど嬉しい。
知らなかった。好きな人に名前を呼ばれる事がこんなに幸せだなんて。
誰も教えてくれなかった。
切なくて、苦しくて、甘くて、そしてとても愛おしい気持ち。
あなたは私に今まで知らなかった色んな気持ちをくれるね。
ありえないくらいの幸せで、視界が滲む。
「私も。私も……大好き」
そして私は徹くんを抱きしめてそっと目を閉じ、その身を委ねた。
「う……ん」
寒さを感じて身を縮めると、すぐ傍に何やら温かい温もりを感じて、私はそれに擦り寄った。うーん、何だろ、この感触。すべすべして温かくて、気持ちいいなー……って。
「うわっ!」
「おはよ、綾乃さん」
「徹くんっ!? って、わ~~~~~っ!!」
温もりの正体は、徹くんだった。しかも、上半身裸の。下の方は怖くて見れない。はっとして自分の体を見降ろすと、それはもう見事にぽろんちょしていて、私は思いっきり叫ぶと慌てて毛布を引き上げた。
それと同時に昨夜の記憶が生々しく甦って来る。あの時は夢中だったけど、我に返ると裸を見られたという恥ずかしさが半端なく襲ってくる。
「身体、大丈夫?」
「う、うん。大丈夫……みたい」
本当は全身筋肉痛みたいな疲労感があるし、身体の中心に感じた事の無い違和感を感じるんだけど、言うほどひどくは無いのでそう答える。それよりもこの状況の方が重傷だ。
昨夜、徹くんは終始優しかった。私が少しでも痛がるとそこで止まってくれて、時間を掛けて私たちはようやく一つになった。話に聞いていた通り、いやそれ以上に今まで想像もしてなかった痛みで、何度も死ぬかと思った。そして自分のすべてを見られているというとてつもない羞恥心。なのに同時にどうしようもないくらいの幸せだと思ってしまったりもして、女って不思議な生き物だなあと妙なところで感心したりもして。
そして痛みに慣れてくると今度はゾクゾクとした切ないような甘酸っぱいような感覚が押し寄せてきて……もしかしてこれが世に言う〝快感〟ってやつなのかな…そう思ったが早いか、そこからはもう、怒涛の展開だった。あ、と思った所を集中的に責められ、訳の分からないまま次々と与えられ、何をされても反応してしまう刺激に押し流されて、頭が真っ白になって、声を押さえきれなかった。その後はもう、どうしたらいいか分からなくて、無我夢中で、自分がどれだけ声を上げたかも覚えていない。
「綾乃の声、すごくいい。もっと聞かせて?」
そう耳元で吐息のように言われた途端、意識が弾けた。
「シャワー浴びたら朝ご飯作るね。って、え?」
昨夜の後遺症か、擦れている声でそう言って立ち上がろうとした瞬間、手を取られて私はベッドへと逆戻りしてしまう。手の先には、当然、イタズラっぽく笑う徹くんの笑顔。
「そんなの後で良いよ」
徹くんはあっという間に身を起して私に乗りかかってくる。
「まさか……」
「はい。そのまさかです」
「でも、昨日あんなに……」
その先は言葉に出せず、誤魔化す。
そう。実は、昨夜は一度切りと言うわけではなかった。ようやく終わったと思ったらまた巧みな愛撫が始まって、その結果、私は何度も気を遣ってしまった。ようやく寝入ったのはもう明け方近くだったと思う。
「どれだけ俺が我慢したと思ってるの? まだ全然足りないよ。覚悟してね、って前に言ったよね?」
「……っ!」
「……綾乃。愛してるよ」
耳を甘噛みしながら囁かれた艶っぽい低い声で私の腰が砕けた。それが分かったのか、徹くんが嬉しそうに身を寄せてくる。そして愛おしそうに抱きしめられ、キスで私を陥落する。
どうやら私は彼の腕の中から逃げられそうにありません。
そして、ここから逃げたいとも思わないみたい。
そこはとても、甘くて幸せな、私だけの
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